スペクターズ(30)
続きです。
しかしその暗闇の感じが、明らかに今までと異なる。
これは場面転換の暗転ではない。
というかまだドタバタぐちゃぐちゃと救世主の暴れる音が聞こえる。
目の前で起こっているであろう惨状を脳が勝手に想像してしまい、体を緊張が支配する。
それでも、そのぎこちなさに抗って視界の闇の正体、私の目に被さる手のひらに手を伸ばした。
触れた指先の感覚で、やはりそうだと悟る。
私の目を背後から誰がが塞いでいる。
そしてそれは・・・・・・。
「まだ見ない方がいい」
被さる手のひらを剥がそうとすると、背後の少女が私を制止する。
その指示通り手を剥がすのはまだ後にした。
「あんたが見せてんじゃん・・・・・・救世主」
視界は塞がれたまま、背後の少女を呼ぶ。
それに救世主は静かに答えた。
やがて音が止む。
救世主の人殺しが終わる。
その瞬間、私の視界から闇が消え去った。
私の顔から離れていく手のひら。
その細く白い指先。
間違いなく、救世主のものだった。
「何が目的? ここは?」
振り返るとやはりそこには白い髪の少女が居る。
動きの少ない深海の風景に、別の色を貼り付けたように浮かんでいた。
何を見ているのか分からない二つの瞳が、私を見てわずかに動く。
「対話、だよ。君とは話がしたい」
「あんたさ・・・・・・何考えてるか分かんないんだよね」
今までの映像は、やはり見せられていたもの。
その映像の所為で、今は余計に救世主が分からない。
目的とか行動がぐちゃぐちゃだ。
今は殺したくて仕方ない陽子ちゃんを、何故か傷つけなかった。
そのくせあっさりと他の信者たちは殺めた。
そしてその例外だった陽子ちゃんを殺そうとしている。
何がしたいのか、殺したいのか守りたいのか分からない。
何よりそのぐちゃぐちゃの行動に、本人の迷いが無いのが恐ろしい。
初めから一貫しているのか、あるいは決断が早いのか、それは定かではない。
しかし、そのめちゃくちゃなまっすぐさに、やはり種族の壁を感じていた。
人間とアンキラサウルスの間にある、明確な溝。
彼女が人間らしく見えれば見えるほど、その姿が異常に見えた。
「なんだ・・・・・・話せるんじゃん」
動揺を悟られまいと、表情を固める。
それすら容易く見透かして、救世主は無表情で笑った。
「こっちのセリフだ。あの時は私を見るや否や攻撃してきたじゃないか。話す気なんて微塵も感じられなかった」
まるで過去の記憶をメモ帳に記して、そしてそれを見ながら喋っているかのように淀みなく言う。
確かにあの時の私は焦っていて、対話どころではなかった記憶があった。
そうあの時・・・・・・。
蘇るのは、私に絡みつく救世主の触手。
あの後・・・・・・。
「私があんたに取り込まれた後、みんなはどうなったの?」
ここには私以外居なそうだから、同じ道を辿ったとは考えづらい。
「殺そうとした」
「・・・・・・」
「安心して、それは無理だったよ。逃げられた。君自身もまだ生きている」
救世主の言葉に嘘は無さそうだった。
嘘をつく必要も無いと思っているのだろう。
救世主の光の粒子が、海中でマリンスノーの代わりを果たす。
散らばる光は、ゆっくりと底へ沈んでいった。
続きます。