スペクターズ(19)
続きです。
私とバルスちゃんの間の距離を、光が貫く。
それと同時に、バルスちゃんも動き出した。
姿勢を低くして、そこから一気に距離を詰めるべく地を蹴る。
常人離れした反応速度だ。
弾丸はバルスちゃんの頭上を通り過ぎる。
その前のめりな体には掠りもしない。
そして反応速度も異常なら、その瞬発力も異常だった。
「な・・・・・・!?」
バルスちゃんが地を蹴った。
それを認識した瞬間にはもう眼前に迫っている。
「狙いが甘いよ!」
狙いばかりでなく、見通しも甘かった。
前に戦ったときに来ていた強化スーツ、あれが実はただの枷だったんじゃないかとすら思えてくる身体能力。
分析や観察を許さない問答無用の速さ。
目の前までやって来たバルスちゃんが、跳躍のエネルギーを回転に変えて身を捻る。
息を吐く暇もなく、無骨な刃が額に迫った。
「わわっ・・・・・・」
慌てて防御姿勢を取りシールドを創造する。
ガキンと硬質な衝突音を聞いてひとまずは安堵するが、しかしバルスちゃん相手だとおそらく油断できない。
その衝突音が終わらない内に、防御姿勢のまま飛び退く。
その瞬間シールドは真っ二つになり、さっきまで私が居た場所を剣が両断した。
しかしバルスちゃんはその失敗にも頓着しない。
あっさり二分されてしまった盾を押しのけて再び私に迫った。
「させませんよ・・・・・・」
私の武器はこの拳銃だけじゃない。
この短時間では動く相手に狙いをつけるのは難しい。
だが私には背後に喚び出した機関銃があるのだ。
機関銃の引き金を一斉に引く。
流石にバルスちゃんでもこの弾丸の雨を避け切るのは不可能なはずだ。
跳躍したバルスちゃんの足は地に届くことはなく、だから進路も変えられない。
そして、次に地面に足が着くのより着弾の方が早い。
けれどもバルスちゃんは相変わらずの無茶苦茶な反応速度で、壁を生成する。
私の盾よりずっと頑丈な障壁だ。
だがその壁の成長は間に合わない。
弾丸の到達の方が早い。
それでもダメ押しに機関銃たちをバルスちゃんの背後に回り込ませる。
もちろん移動の間も乱射したままだ。
壁の完全成長と同時に、着弾を知らせる埃が舞う。
粉末状に砕けたコンクリートの灰色の砂埃だ。
その砂埃にバルスちゃんの体はおろか、私の居る場所まで包まれてしまうが、日差しのおかげでシルエットは見える。
確実に弾丸は当たっている。
だからここでケリをつけてしまうくらいの気持ちで、更に射撃し続けた。
射撃はしつつ、私は砂埃から逃げるように距離を・・・・・・。
「・・・・・・!?」
一歩退こうとしたその瞬間、砂埃から伸びた手に手首を掴まれる。
いきなりぬっと出てきたものだから驚くが、しかし簡単に対処可能。
バルスちゃんが伸ばした手を逆に私も掴む。
そして右手に握った拳銃をバルスちゃんに突きつけた。
ダメ押しの射撃。
拳銃の引き金に、指を添える。
そして・・・・・・。
拳銃は私の手のひらから離れた。
視界が悪いにも関わらずバルスちゃんが性格に銃だけを剣で弾いたのだ。
そのまま繋いだ手が乱雑に引っ張られる。
そしてバルスちゃんは私の体を飛び越した。
握られたままの腕が上を向く。
無理矢理重心を動かされて体が傾く。
まだバルスちゃんの方に視線も向けられないまま、無防備な背中を蹴り飛ばされてしまった。
「わぶ・・・・・・!」
ただでさえ不安定だった体勢がそれで一気に崩される。
当然私はバルスちゃんのような身体能力は持ち合わせておらず、顔面からザラついたコンクリートにダイブした。
バルスちゃんの追い討ちが来る。
それは明らかなので、すぐさま上半身を起こして機関銃たちの向きも私が体の向きを変えるのに合わせて反転させる。
しかし、そこにバルスちゃんの姿は無かった。
「しまった・・・・・・!」
直ぐにどういうことなのか察する。
反射的な防御、反撃、それは酷く安直な行動なわけで、だから裏をかくのは容易い。
バルスちゃんが居るのは、私の背後だった。
私が再び振り向こうとするのと同時に、刃が振り下される。
それは中途半端に捻られた私の体を切りつけた。
反撃に移ろうと拳銃を構えるが、その手には何も握られていない。
引き金を引こうとした指が中途半端に曲がるだけだった。
「弾かれてたんだった・・・・・・!」
ダメだ。
完全に相手のペースに飲まれている。
戦いの主導を握られている。
これを覆すには・・・・・・?
思考を巡らせるが、バルスちゃんの刃によって無理矢理ぶった斬られる。
「ほら、どうしたの!? そんなもの!?」
回避をして、でもその先に既にバルスちゃんの攻撃がやって来ている。
私に反撃のタイミングが与えられない。
何度も地面を転がり、ギリギリで刃を掻い潜る。
突破口は・・・・・・。
「これしか・・・・・・無い!!」
機関銃を忘れてもらっては困る。
例え私の行動を完全に封じても、これがある。
しかしそれはバルスちゃんも同じだった。
私の機関銃たちと全く同じ場所に、バルスちゃんが壁を作り上げる。
その壁の成長に伴って、その範囲の広がりに伴って、私の突破口は容易く破壊されてしまった。
「そんな・・・・・・」
思わず振り向いてしまう。
その動作中に、失敗に気づく。
バルスの攻撃から視線を外してしまった。
慌てて視線を戻すと、既に視界一杯にバルスの剣が下りている。
その荒々しい作りが如実に感じられるほど近くに。
「う・・・・・・」
私の喉元に、その刃の切先が突きつけられる。
直接触れることはないが、私を身動きとれなくするには十分だった。
視線だけで、バルスちゃんを見上げる。
私を見下ろすのは、酷く冷めた瞳。
バルスちゃんはため息でもつくように、乾いた声で言った。
「弱いな」
続きます。