スペクターズ(8)
続きです。
生温い唾を飲み込んで、さくらの言葉を待つ。
もしかしたら開口一番に非難の言葉が飛び出すかも分からない。
しかし意外にもさくらはまだ冷静なままだった。
「・・・・・・まだ。まだ分からないことが多いわね。まずゴローが殺せないってどういうこと?」
さくらがまず最初に問うのはそこだった。
やはりまだそのことについては話していなかったらしい。
さくらの冷静さは今すぐにでも失われてしまいそうなのは、その表情を見れば明らかだ。
既に冷静ではなく、冷静を装っているという表現の方が適切かもしれない。
さくらの気持ちは全く分からないというわけではない。
とにかくきららを早く助けたいのだ。
しかしそれは出来ない。
だから納得してもらうために、ゴローの不死について口を開いた。
「ゴロー・・・・・・つまりキ石は、改名戦争に保護されている。色々やって来たことで明らかになっているが、キ石への直接攻撃では壊れることがないんだ。またあらゆる能力の影響も受けない。だからキ石をキ石以外のものに変えることも出来ないんだ」
だから救世主にゴローは倒せない。
それならそこを突かないわけにはいかないだろう。
「なるほどね」
さくらは僕の言葉を聞き、そして意味を理解する。
ゆっくりと深く頷く。
しかしさくらは納得しない。
「それは分かった。でも、そうだとしたら救世主はゴローを殺せる。結局ダメじゃない」
「いや・・・・・・キ石は壊せないんだぞ? だったらどういう理屈で・・・・・・」
最初は自分の説明に不備があった可能性を考えた。
しかしそれは間違いだったことに気づく。
「そうか・・・・・・なんでこんなこと・・・・・・」
「あんた・・・・・・分かってなかったのね」
さくらが呆れる。
呆れられて当然だ。
一つの当たり前を見落としていた。
ゴローは不死じゃない。
救世主にとってきららはまだ殺すべきじゃない存在。
それに考えが至った時点で、僕としたことがきららへの攻撃は無いと勝手に思ってしまっていた。
しかしそうじゃない。
救世主の体内できららがどういう状態になっているかは定かじゃないが、救世主はきららを殺せないだけでおそらく攻撃出来る状態ではあるのだ。
とすれば、ゴローは不死どころか簡単に潰せてしまう。
みことどらこはまだなんだかよく分からないといったような顔をしているが、今はそんなことは考慮していられない。
「計画が・・・・・・破綻しているぞ」
何故これが指摘されるまで気づけなかったのか、これが悔しくて仕方がない。
ゴローが使えなければ、ならば結局さくら達を向かわせるしかないのか?
しかしそれではきららが・・・・・・。
じゃあどうすれば。
一体、きららを取り戻す方法はあるのか。
「なんか・・・・・・よく分からんが、ならあたしらが一人ずつ行けばよくないか? 救世主はあたしらの誰か一人じゃなくて、全員を始末したいんだろ? なら、一人ずつ行けばきららの餌としての旨みは最後の最後まで残るはずだろ?」
ところが、思わぬところから解決策が飛び出す。
その言葉を口にしたのは、どらこだった。
「でも、それじゃあ・・・・・・」
どらこの案にみこが言い淀む。
そのわけは聞くまでもなく分かった。
一人ずつ行く、とどらこはそう言った。
一人で行くではなく、一人ずつでだ。
そりゃそうだろう。
まさか一人で敵う相手なものか。
最終的に勝つとしても、一人目で勝てるというのは考えづらい。
というか、誰か勝てるのかというくらいのレベルである。
この戦いにおいての負けは、すなわち死だ。
つまり、ほぼ確実にこの中で犠牲が出る。
それどころか、全滅すらあり得る。
だったら一番犠牲が少なく済む選択肢は・・・・・・。
「スバル。今、何を考えたかニャ」
ゴローが僕をキッと睨む。
一番犠牲が少なく済む選択肢、それはきららを諦めることだった。
「済まない。だがもちろんそんな選択はしないさ」
出来る限りは。
この中で、誰一人の命も失ってはならない。
「まぁ言い出しっぺってことであたしから・・・・・・」
「いや、ダメだ」
どらこの言葉を食い気味に否定する。
そして、否定したからには当然代替案を出さなければならない。
そしてそれはすぐ手元にあるのだった。
というか僕自身だ。
「僕が最初に行こう。そして僕がダメだったら・・・・・・君たちは救世主から逃げるんだ。それが君たちの命にとっても、きららの命にとっても最もいい作戦のはずだ」
きららが餌として機能しないと救世主が気づくまでは生きていられるはずだ。
だがそれだけだけど。
僕は最悪死んでも仕方がない。
でも勝たなきゃきっとさくらたちは止まらないだろう。
そんなの全滅まっしぐらだ。
だから死にに行くつもりはない。
もう一度、言葉を重ねる。
「僕が行く」
勝ちに行く。
続きます。