救世主II(29)
続きです。
「くそ・・・・・・なんだよ!」
きららが食われた。
そりゃそうなんだ。
分かっている。
だけど飲み込みきれない。
きららを飲み込んだ救世主は、その形の定まらない体を波打たせている。
その様に、誰もが呆気に取られる。
それを眺める眼差しが最も複雑なのは、きららと一緒に居た謎の少女だった。
「な、なんだ・・・・・・!?」
アメーバの如く異形と成り果てた救世主から、蒸気のようなものが噴き出す。
その一部はあたしが壁に開けた穴から流れ出ていくが、大部分は廊下に充満した。
「あ・・・・・・そうだ。みこ! ボーッとしてるんじゃない! 撃つんだ!」
あたしたちと同じように救世主の変化に言葉を失っていたスバルがハッとして叫ぶ。
しかし、それにみこは困惑した様子で答えた。
「で、でも・・・・・・! これって撃っちゃって大丈夫なんですか・・・・・・!?」
みこは何かを恐れている。
その正体は、蒸気が晴れることによってあたしらにも明らかになった。
薄い蒸気の幕の中から現れるのは、再び人型に戻った救世主。
いや・・・・・・戻ったというのは不適切。
溢れる光の粒子の色が反転して、暗黒の色に染まる。
あの神聖なようですらある光は消え失せ・・・・・・いや、重要なのはそんなことじゃない。
救世主の姿は、まるきりきららのものに変わっていた。
「それは・・・・・・」
スバルがみこの問いに言い淀む。
おそらく答えを持ち合わせていないからだ。
「・・・・・・だが! 撃たないと僕らが死ぬぞ!」
「でも・・・・・・!」
みこはそれでも撃つという選択が出来ない。
焦って、悩んで、苦しんで・・・・・・どんどんその表情を歪にしていく。
「大丈夫・・・・・・ニャ。きららなら・・・・・・きっと大丈夫ニャ! 君たちはまだ生きなきゃいけないニャ!」
ゴローが決死の覚悟で叫ぶ。
きららの死はそのままゴローの死なので、本当に脚色無しでの決死の覚悟だ。
「言ったな! 信じるからな!」
おそらくゴローの言葉には何の根拠もないのだろう。
逆にこの土壇場で相手について何が分かるというのか。
根拠は確実に無い。
あるわけなかった。
「来るか」
きららの顔で救世主があたしを冷たく見下ろす。
絶対にきららのしない表情。
構わずにその懐に駆けて行った。
「変成」
あたしの接近に、救世主が静かに言い放つ。
そうして、片手にぶら下げていた鉄パイプを撫でる。
「そ、それは・・・・・・!?」
そうすることによって、鉄パイプはいつもきららが持っていたものと同じ片手剣に変わった。
「こいつはいい。ありふれた能力だが、応用が効く」
そう言う救世主の言葉には耳を傾けないように意識する。
状況、戦力差からして感情に任せて挑める相手じゃない。
炎の鉤爪を維持したまま、大地ごと抉るように切り上げる。
斬撃が地を這い、炎がそれに追随する。
「ふん・・・・・・」
だが救世主はその斬撃を剣で楽々と受け止めてしまった。
さらに、炎が燃え上がっていたはずの場所がいつの間にか凍結している。
「一体いくつ能力があるんだか・・・・・・」
自分の相手がどれだけ理不尽で最悪な相手だったのか思い知る。
だけど今さら退けるわけもなかった。
あたしの攻撃を受け止めた救世主は、すぐさま斬撃の衝撃も利用して跳躍する。
空中で身を翻し、突きと共に急降下して来た。
「・・・・・・!?」
その突きを両手を交差させて受け止めるが、衝撃に容易くガードを捲られてしまう。
反動で上体が仰反る。
胸をがら空きにして。
「マズ・・・・・・」
そんな隙を見逃すはずもなく、救世主は淀みなく追撃に移る。
まるで初めからそう動くと決めていたのかというくらい行動の選択に迷いが無かった。
振り下ろされた剣を、そのまま仰け反り倒すことでギリギリ躱す。
重心が後ろに行って倒れそうになるが抗わず、むしろ勢いをつけて宙返りで距離を取った。
着地点に居たスバルがここぞとばかりに話しかけてくる。
「建物が壊れている今なら、外部からでもアクセス出来る。少年・・・・・・仲間を呼んだから、そいつが来るまで粘ってくれ。そいつは帳を使えるから・・・・・・」
「帳・・・・・・?」
「あー、もう! 今更そこはいいんだ! いいから! ほら!」
「お、おい・・・・・・」
スバルが強引に背中を押す。
せっかく距離を開けたのに、そんな行動ほとんど意味が無かったと言わなければならないくらい目の前に救世主が居た。
きららの姿の救世主は見慣れていないので、違和感が酷い。
それを引っ張ったまま、拳を振り上げた。
しかし、その拳は空を切る。
「こっちだ」
その救世主の声は、背後から聞こえて来た。
「瞬間移動か・・・・・・!」
救世主がスバルを蹴ってこちらに突進する。
剣の切先はあたしの喉元に向いていた。
わざわざご丁寧に後ろに居ると教えてくれたのに、体が追いつかない。
防御が・・・・・・。
「間に合わな・・・・・・!?」
瞬間、救世主の突進に邪魔が入る。
救世主は背後からゴローに抱きつかれて拘束されていた。
「この・・・・・・! ガラクタの分際で!」
「これなら・・・・・・瞬間移動は出来ない! といいなぁ・・・・・・ニャ」
救世主が吠える。
相手も完璧じゃない。
そこに少しの希望を感じる。
ならばそこに付け込まない手は無い。
「しゃがんでください・・・・・・!」
防御から攻撃に転じようとしたところに、みこの声が響く。
覚悟を決めたようで、えげつない量の銃口が救世主に向いていた。
その威力は夢で身をもって体験しているので、大人しくしゃがむ。
そしてあたしはあたしで準備する。
銃弾とミサイルの乱射の下で、両の拳に力を溜める。
黄金の籠手に、炎の輝きが宿る。
押さえ込みきれない火力が、不規則に籠手の隙間から噴き出た。
弾丸の雨で、段々と煙が立ち込める。
火薬の匂いが充満する。
ほとんど何も見えないくらいになって、やっとその雨が止んだ。
それと同時に、あたしは跳ね上がる。
丁度救世主も同タイミングで、ゴローの拘束を抜け出した。
煙を切り裂いて出て来た救世主の体は穴だらけ。
当然のように頭部にも虫食いのごとく欠損部があった。
友人の姿で見るとなかなか衝撃的だ。
まともな生物ならまず生きてない状態。
そんな状態でも、救世主は問題無いようにあたしに正面から迫る。
丁度いい。
それくらい元気な方が遠慮だとか、躊躇いだとかが遠くなる。
一体中に居るはずのきららがどうなっているのか・・・・・・。
それも今は考えない。
ゴローが大丈夫と言ったから大丈夫なのだ。
拳に蓄えた熱量を、理不尽な程圧倒的な暴力を解き放つ。
「炎刃・クロスフレイム・・・・・・!」
解放した炎が、拳を飲み込む程の炎の剣を形成する。
それでも尚溢れ続ける余剰エネルギーが、あたしの背中に炎の翼を形作った。
その翼により、さらなる加速を果たす。
交差させた両手から、炎の斬撃を放つ。
救世主が廊下ごと一瞬で凍り付かせるが、それすらものともしない。
解けた水が滝のように降りかかっても、決して炎は絶えない。
救世主の防御を貫いて、炎はその体を斬りつける。
一つの斬撃は剣を持った右手を切り落とし、もう一つの斬撃は胴体に縦に刻まれその体を火炎で包んだ。
蒸発した水が、湯気となって漂う。
その中央で救世主は燃えている。
その炎の柱を飛び越して、救世主の後ろに着地した。
続きます。