救世主II(24)
続きです。
「何だ、何だ、何だ・・・・・・ッ!」
「残念だけどどらこちゃん・・・・・・あなたは利用価値が無くなりました」
いきなりみこが豹変した。
不気味な笑みを浮かべて、ついでにとばかりにその背後に大量の銃火器を浮かべている。
「・・・・・・くそ!」
何が何だかさっぱりだが、少なくともこのみこがみこじゃないことは確かだ。
一体いつ変わったかと考えると、やはり思いつくタイミングは一つだけ。
「電気が消えたときか・・・・・・。結構騙されてたな、みこにゃ悪いが」
複数の銃口が全てこちらに向く。
手に持たなきゃ引き金は引けないが・・・・・・。
「そんなの関係ないか・・・・・・」
たぶん相手は躊躇わない。
迷わず撃つ。
アンキラサウルスが攻撃を迷うはずがない。
しかも今まで大量に殺してきたやつだ。
尚更判断にブレが無いだろう。
この至近距離じゃ避けるのは不可能。
いや、遠くても普通に不可能だ。
ならばそれ以外の方法で対処せねばならない。
「ファイヤーウォール・・・・・・!!」
弾丸が一秒以内に届く距離。
いわゆるゼロ距離だ。
だが距離を取ることはせずに両拳を床に叩きつけた。
一直線にオレンジ色の亀裂が走る。
そして、炎の噴出が始まる。
あたしと偽みこの間に発生する炎の壁。
それが幾重にも重なった銃声を遮った。
連射されていようが、弾速が速かろうが全ての弾丸は一瞬で形を失う。
だが・・・・・・。
「お・・・・・・?」
炎の壁をすり抜けて、爆風があたしもみこも吹き飛ばした。
衝撃に視界が揺れる。
眩い光に覆われて、何も見えない内に尾骶骨を床に強打する。
「ってぇ・・・・・・くっそ・・・・・・」
だがケツをさすってる暇などない。
偽物のみこはまるで自分にはダメージが無かったかのように追撃する。
いや・・・・・・。
「実際にダメージが無い・・・・・・?」
爆炎に照らされたみこの笑顔は、全くの無傷だった。
理屈は分からないが、少なくとも自分の爆発では何ともならないということらしい。
「大丈夫ですか・・・・・・?」
そんなことを言いながらも、当然心配など微塵もしてくれていない。
一切表情を変えることなく、あたしを見下ろしていた。
大量の兵器は既にあたしを偽みこごと取り囲み、照準もバッチリ合わせている。
「くそ・・・・・・」
ここは諦めどころだ。
被弾覚悟で、床を思い切り蹴った。
籠手から炎を噴出させ、一気に加速する。
既に弾丸はあたしの体を貫いているが、構ってられるわけもない。
「ごめん・・・・・・なっ!」
一瞬でみこのすぐ正面まで距離を詰め。
その顔面に炎を纏わせた拳を叩き込む。
みこの姿をしていると、どうしても多少のやりづらさがあった。
あたしの拳打に弾かれて、みこが背後の壁に衝突する。
その衝撃で壁は崩れ、建物のデタラメな構造の皺寄せか完全な虚無を覗かせていた。
だがその虚無の空間に吸い込まれるなんてこともなく、偽みこは当然のように立ち上がってくる。
「まぁそうだよな・・・・・・」
あんまり平然とされると、こっちも変な笑いが出てくる。
みこは人差し指と親指だけ伸ばしてピストルの形を作ってこちらに向ける。
「ばーん・・・・・・」
そう言うのと同時に、みこの頭部が炎に飲まれた。
みこがその衝撃に宙返りでもするみたいに吹き飛ぶ。
時間差の爆発。
「これがコロナブレイクだ・・・・・・!」
これで三度目の一斉掃射を防げたが、また次はどうなるか分からない。
「コロナブレイク・・・・・・!」
だから再び拳を叩き込もうと、あたしも光も闇も無い虚無の空間に飛び込んで行った。
「フルバースト・・・・・・!! 許しませんよ!」
今までとは感覚が違う。
禁忌武装・転。
それは一度に多数の兵器を創造することを可能にした。
無数の弾丸の雨が壁に穴を開けていく。
ミサイルだって爆弾だって今なら好きなだけ撃てる。
「近づくことさえ許さない!」
どらこちゃんに扮していた救世主は目にも留まらぬスピードで駆け回っている。
偏差がありすぎて広範囲に弾をばら撒いているのにほとんど当たらない。
速すぎて時々弾が体をすり抜けているような錯覚すらする。
救世主はそうして攻撃を躱しながらも、的確にこちらに向かって水晶のトゲのようなものを飛ばしてくる。
一度に五発程度出てくるが、それ以上の数は飛ばせないようで連射はしてこなかった。
そしてまたその水晶を撃ち壊すことも可能。
接近も許さず、遠距離攻撃も無力化出来ていた。
「いいのか? 私は君の攻撃をトレースして君の仲間に使っているよ?」
向こうも攻めあぐねているのか、精神攻撃に出る。
素早く動き回っているのに、声は一定の調子で耳に届いた。
「あなた今私の前に居るじゃないですか! デタラメ言わないでください!」
壁が崩れ、天井が崩れ、それらの瓦礫には炎が燃え移る。
このまま攻めていればこちらが優勢になる。
だからそんなハッタリに乗せられてはならない。
「デタラメじゃない。君たち人間の規模で私の能力を考えない方がいい」
「いや、嘘です! 絶対に嘘です!」
例え本当だとしても、私は絶対に攻撃の手を休めない。
絶対に・・・・・・。
「・・・・・・倒す!」
異様な空間が瓦解していく。
このままじゃ私も無事じゃいられないかもしれない。
だけどだったら道連れにする覚悟で・・・・・・!
大丈夫。
みんなは私よりずっと強い。
だから例え私の攻撃が模倣されようが、私がここで息絶えようが関係ない!
私は怒っている。
今は世の為人の為戦っているわけじゃない。
そこに正義は無い。
あるのは純粋な殺意だ。
「・・・・・・そうか」
救世主の諦めたような声が響く。
そしてその瞬間・・・・・・。
「へぁ・・・・・・」
私の目の前に姿を現した。
これは移動ではない。
完全な・・・・・・。
「瞬間移動!?」
何の過程も踏まずに出現した鉄パイプが振り下ろされる。
「くっ・・・・・・」
咄嗟に盾を創造しその一撃を受け止めるが、威力が高すぎる。
一撃はしのげた。
だが、盾は捲られた。
次は無い。
「舐めるなぁ・・・・・・ッ!!」
だから先手を打つ。
追撃が来る前に、割り込む。
振りかぶられる鈍色を恐れずに、救世主の方に頭から飛び込む。
そしてその額に、自らの額を思い切りぶち当てた。
救世主が大きく仰反る。
軌道のブレたパイプが、私の二の腕を強打する。
だがそれでも怯まずに、自らの手の内に初めて創ったものと同じ拳銃を呼び出す。
「避けさせないですよ・・・・・・!」
腹部に銃口を沈ませてからの、接射。
反動と発泡音。
それと同時に弾丸が救世主の腹部を貫いた。
どうだ、当ててやったぞとその瞳を睨みつける。
その視線に何を感じたかは分からないが、救世主は小さな笑みを浮かべた。
「いいだろう・・・・・・」
救世主が瞬間移動で距離を取る。
第二ラウンドの開始だ。
蔓で身を守りながら、刀を振るう。
相手は他の誰でもない、きららの幻影だった。
「くそ・・・・・・あんたに構ってる暇なんて無いってのに!」
幻影のきららの戦闘能力は、もしかしたら最早本家を凌駕しているかもしれない。
いつものように長剣を振り回して戦っているが、その攻撃の重さが記憶通りじゃない。
「単純な斬り合いじゃ分が悪いか・・・・・・」
あくまで私の本領は搦め手。
真正面からのぶつかり合いじゃない。
既に探知の所為でだいぶ消耗しているが、まだ出来る。
防御に回していた蔓を全て見に纏う。
完全な迷彩で、姿を消す。
息をひそめる。
音までは殺せない。
だから激しい動きも出来ない。
見失え、見失え、見失え・・・・・・そう心の中で念じる。
そしてきららの幻影は、攻撃の手を止めた。
首を回して、辺りを確認し始める。
幸いなことに、相手は見ることで私と戦っていた。
ならば、勝てる。
私を探している間に、幻影は私に背を向ける。
位置はバレたくないが分身を出す余力は無いから斬りかかるしかない。
「こっちよ、バカ」
その隙だらけの背中に一太刀。
被弾に幻影が振り向く。
その頭部に目を逸らしながら突きを入れた。
手のひらに感触が伝わる。
生き物を突き刺した感触が。
幻影の癖に生意気だ。
だが血液が滴ってくるようなことが無いだけマシか。
「ぐ・・・・・・」
小さな呻き声が響く。
それは、私の声だった。
目を逸らしてしまったのがマズかった。
幻影の長剣が私の腹部に深々と突き刺さっている。
異物感にゾッとする。
痛みと流血が無くても、この感覚は味わいたくないものだった。
「やってくれるじゃない・・・・・・」
きららの幻影を忌々しく思いながら蹴り飛ばす。
その際体から長剣がずるりと抜けるが、当然傷穴はそこに無かった。
だけど・・・・・・。
頭から引き抜いた刀身を確認する。
黒い色の所為で分かりづらいが、崩れ去らないのが不思議なくらいにひび割れていた。
さっきのはやはりかなり効いている。
「やれやれ・・・・・・ね」
果たして私はこの後生き残って本物のきららにもう一度会えるだろうか。
救世主たちの合唱が止む。
「そこか・・・・・・」
静まり返った空間に、声が響く。
救世主のものだ。
顔を上げると、棒立ちの救世主のみが残りこちらを見下ろしていた。
「見つかったよ。だから君たちは殺す。君たち自身が知らない内に死んでるから苦痛は無いよ」
きららが見つかったらしい。
現実の僕らはここで見せられているように無抵抗で眠っている。
すぐにでも殺せてしまうだろう。
「みんな、みんな、夢の中で戦っている。無意味だけどね。君もこんな夢じゃない方がいいだろう」
救世主が指を鳴らすと、景色が切り替わる。
最早懐かしい研究室のものだ。
救世主の姿も消えた。
最後は思い出に浸れということらしい。
ふざけるなよ。
「・・・・・・ってぇな」
嫌がらせか何かか、左腕の怪我はそのままだ。
あるいは何か急いでるのかもしれない。
研究室の椅子の懐かしい座り心地に体重を預けて、息を吐く。
死に方としては、悪くないかもしれない。
だが・・・・・・。
「あっけない」
それに僕以外の他のメンバーには申し訳が立たない。
完全に巻き込んでしまった。
僕が死ぬのは別にいいのだ。
自業自得だから。
償うことは出来なかったことにはなるが。
それと一緒に、あいつらのことも諦めなければならないのかもしれない。
「罪が増えるね」
消せないし許されない。
でも結局死ぬならどっちにしろ何も無い。
「だが、だがね・・・・・・僕は死ぬつもりは無いんだ」
悪いが、そんなに往生際は悪くない。
幸いここは研究室。
救世主が盗んだのと同じ情報があるのだ。
とすれば、その情報を元に対処法を見つけられるかもしれない。
やれることはやってから死ぬ。
目覚める方法が、あるかもしれない。
暗闇の中、白い髪の少女が動く。
少女の周囲には四人の子供の体が横たわっている。
人で無い少女は呟く。
「まさかあそこに居るとは・・・・・・」
少女は眠っている子供たちを一瞥する。
「君たちはこうして眠っているといい。私は急がねばならない」
そうして、少女は音も無くその場から姿を消してしまった。
続きます。