草陰の虚像(16)
続きです!
ガラス製のテーブルの上に、紅茶が並べられる。
私たちが腰掛けるのは、ふかふかのソファだ。
「あの......!」
さくらのお母さんが、向かい側に椅子を用意して座るのを確認してから話を切り出そうと身を乗り出した。
ところがその後の言葉が紡げなかった。
そんな私を見て、さくらちゃんのお母さんはティーカップを持ち上げる。その顔には表情らしい表情がなく、何を考えているのかさっぱり見えなかった。
「あなたたちがなんで来たのか......大体分かるわ。さくらがお友達を呼ぶようなことないもの」
「うぇ......」
見透かされていたのかと、変な声が漏れる。
「分かってて家に上げたんですか?」
それでもどらこちゃんは臆することなく、会話を続けた。無遠慮とも言うのかもしれない。
「時間の問題だったもの。誰かがこうして叱りに来てくれるのを待ってすらいた。......ごめんなさいね。あなたたちからすれば......」
さくらちゃんのお母さんが目をそらす。
けれどもどらこちゃんはその顔を真っ直ぐに見つめていた。
「さくらと話し合ってみてくれませんか?お互いにとっていい選択がきっとあるはずです」
そのどらこちゃんの真面目な話し方はまるで別人みたいだった。
だけど、やっぱり根っこにあるものは変わらなかった。
「......」
さくらちゃんのお母さんは何も言わずに、俯いたままだった。
しかし、ぽつりぽつりと喋り出す。その声は私たちに向けてというよりは、独り言のように感じられた。
「さくらはとってもいい子なの。明るくて、優しくて......。でもいつのまにか、あの子は私の目の前から居なくなっちゃったの。まぁ当然......ね。今じゃあの子と話しても、誰と話してるのか分からなくなっちゃうの......」
「それは......?」
カップを見つめて呟く。
紅茶が薄く湯気を立てていた。
「私はあの子に嫌われちゃったの。母親失格ね......」
それから紅茶を一口飲んで、息を吐く。
「あの子......学校ではどう?楽しそう?」
「それは......知らない、です......」
多少気まずく思いながらも、本当のことを言う。
さくらちゃんのお母さんは少し残念そうな顔をしていた。
「本当に嫌われたと思ってんの......思ってるんですか?」
どらこちゃんが、呆れたように言う。
「だって......」
言い淀むお母さんを見て、どらこちゃんは立ち上がる。
まだ熱い紅茶を、一息に流し込んで言う。
「さくらと話してください。その時はちゃんと話し相手はさくらのはずです。嫌われたかどうかもそこで確認してください」
そしてつま先を出口へと向ける。
部屋を出る直前で立ち止まり、振り返った。
「それと勝手に母親失格にならないでください。ちゃんと娘に失格って言われてから失格になって。あんたにとって子どもはいつまでも子どもなのと同じで、あんたもいつまでたったってさくらの親なんだから......」
どらこちゃんが部屋を出るのを見て、慌てて紅茶を飲み干す。
「す......すいません。お邪魔しました!」
「あっ......ちょっと......」
お辞儀をして、駆け足でどらこちゃんの後を追った。
外に出ると、ドアの横でどらこちゃんが壁に寄りかかっていた。
「なんで......こう、上手くいかないんだろうな」
建物の隙間から伸びる陽の光に顔をしかめて、そう呟いていた。
「そう......ですね」
なんでさくらちゃんのお母さんはこうなってしまったのか。
それが分からないことには、いくらお互いに大切に思っていても解決しないのかもしれない。
地を蹴るリズムに乱れが生じる。
「大丈夫かニャ?」
明らかに速度の落ちている私を見て、ゴローが心配そうに尋ねる。
「ちょっと流石に私体力なさすぎ......」
「まぁ引きこもりだったし......」
「そういう問題......?」
「原因の一端はあると思うニャ」
しかし今更である。
どらこちゃんとみこちゃんが上手くいっても、こっちが上手くいかなければ完全に作戦は破綻だ。
「ちょっと雲行きも怪しくなってきたニャ......」
ゴローの言葉に空を見上げる。
確かに分厚い雲が漂っているのが見えた。
心なしか風も湿っている気がする。
「急がないとね」
そう言ってまた一歩踏み出す。
しかしその足は地面につく前に、何かに引っかかる。
「はひっ!?」
無意味に手足をバタバタさせるが、体勢を立て直すことは出来ない。
そのまま顔面から倒れるかと思われたが、私の手をゴローが咄嗟に掴みなんとか免れる。
「あ、ありがとう......」
その姿勢を戻す間も無く、目の前にさくらが姿を現わす。
「あなた今日しつこいわね......」
前のめりになった私に、つかつかと近寄り
「......」
「あだっ」
無言でデコピンをしてきた。
それと同時に足の抵抗も消える。
「ちょっと何すんのさ!」
ゴローの力を借りて姿勢を戻し、文句を一つ零す。
「......まぁでも、そっちから出てきてくれるのは助かるわ」
腕を組んで踵を上げて少し背伸びする。
ぶつかった私とさくらの視線が今にも火花を散らしそうだった。
続きます!