救世主II(19)
続きです。
鉄パイプによる殴打を咄嗟に花瓶で受け止めると、砕けた花瓶の破片が頭上に降り注いだ。
効果的もクソもない。
「チッ・・・・・・」
ガラスの破片を浴びながら、ひとまずは飛び退く。
強者の余裕ってやつか分からないけれど、初撃を外した救世主は特に焦りも急ぎもしなかった。
「やれやれ・・・・・・」
自らの不運を嘆きながらも、思考は止めない。
花瓶がダメなら、残るはタンスしか無かった。
救世主が余裕かましている内に、僕は恥も外聞もなく逃げ出した。
目指す部屋はもちろんタンスを見つけた部屋。
後ろも気にしつつ、道中にあるドアの数を数えながら走る。
救世主は相変わらずゆったりと歩いているが、何故か僕との間の距離は開きも縮みもしなかった。
「タンスがあったのは・・・・・・ここ!」
記憶していた部屋に滑り込み、すぐさまドアを閉める。
横目に確認すると、ちゃんとこの部屋にタンスはあった。
さて、ドアに鍵はあるが救世主の前には無力に等しい。
こんな薄いドアなんて一撃で粉砕可能だ。
ならばタンスで補強するのはどうだろうかとも思うが、それでも意味は無いだろう。
阻害が出来そうにないとなれば、やはり圧倒的に不利な状況にあっても攻めるしか無い。
救世主がたどり着くまであとどれくらいか・・・・・・。
その計算はせずに、タンスをドアの側まで押していく。
間に合わなければ死ぬだけだ。
タンスは中に何も入ってないおかげである程度スムーズに運べる。
「まぁ逆に不安ではあるが・・・・・・」
不安というか、どちらかというとダメだという確信だ。
しかしもうどうしようもないぞ、これ。
最悪の未来から目を逸らして、今は出来るだけバカになる。
楽観視する。
「ドアが開いたら、タンスをぶち倒す」
したら救世主は下敷きになってノックアウトよ!
この際その効果は考えないで、ただ成功させることだけを意識する。
まだ開かないドアに耳を当てて、音を拾う。
救世主の足音はまだ遠い。
というか・・・・・・。
「どこだ・・・・・・?」
救世主の気配を感じない。
しかしだからといって見逃してくれたとはとても思えない。
ならアイツはどう来る?
何が出来る・・・・・・?
この場合に有効なのは・・・・・・?
「考えろ、考えろ・・・・・・」
半ば祈るようにその言葉を繰り返す。
とても冷静でなんていられなくて、じわじわと汗が滲む。
呼吸が乱れる。
そして、音も無くそれはやって来た。
「・・・・・・は」
ドアなんて関係なく、壁にぽっかりと穴が開く。
そこから顔を覗かせるのは、涼し気な顔をした救世主。
クソ・・・・・・。
これは想定出来たはずだ。
なのに考えが至らなかった。
そうして遅れて考えるが、想定出来たとして対処が出来ないことに気づく。
「やっぱり僕は頭がいいな」
無駄な思考が省けているということだ。
さて、その対処出来ない事態に残念ながら対処しなければならない。
ほんと、とことんついてない。
「ちくしょうがぁ・・・・・・ッ!!」
タンスを握り拳で力任せに叩く。
その八つ当たりと同時に駆け出す。
有効な対処も出来ない。
意表を突くことも出来ない。
特別なことは何一つ出来ない。
だから、捨て身で突撃した。
タンスを殴った痛みを拳に引き連れたまま、絡まりそうな足を無理矢理前に進める。
救世主は余裕をもってタイミングを窺い、そして僕の接近と同時に鉄パイプを振り下ろした。
「クソが・・・・・・!!」
その救世主の余裕の表情を噛み付くように見上げる。
無理矢理左腕を持ち上げて、鉄パイプにその腕を押し当てる。
「・・・・・・ぐぅ」
鉄パイプが鈍い音を伴って僕の腕を打つ。
それと同時に音と同質の鈍く重い痛みを感じる。
潰される筋繊維に、パイプがめり込み砕ける骨。
血液が渋滞を起こし、渦巻くようにして皮膚の下をうごめく。
やがて骨が皮膚を貫くだろう。
ひしゃげた腕からは肉が爆ぜるように溢れるだろう。
だが、死ぬよかマシだ。
奥歯が砕けそうな程噛み締めて、押し寄せる痛みという信号に耐える。
怯んではいけない。
遅れてはいけない。
可能な範囲での最速で、右手を、握り拳を届ける!
「うおぁぁぁぁぁあ!!」
獣のよう・・・・・・にはとてもなれない。
弱者の非力な叫び声。
生にしがみつく情け無い鳴き声。
それと同時に拳を突き出した。
握った拳が、救世主の側頭部に吸い込まれていく。
命中した。
視覚情報でなく感触がそう教えてくれる。
自分の腕が負けそうになるが、上半身を無理矢理前に出して体重で拳を進ませる。
肩に鋭い痛みが走る。
気がつけば体勢を立て直せない程に、地面が近づいている。
けれど、拳は救世主を捉えたままだった。
「うぐっ・・・・・・」
そのまま救世主を巻き込んで転倒する。
二人で地面にばったり倒れる。
救世主は後頭部を、僕は鼻を思い切りぶつける。
鼻から熱が血液と一緒にボタボタ垂れる。
それに合わせて視界も黒っぽく色を飛ばす。
しばらく起き上がれない。
だけど、救世主もまた起き上がることが無いのだった。
体を起こそうと、救世主の上に手をつく。
「ッ・・・・・・!?!?」
その際左腕の耐えがたい痛みに悶える。
「わ、忘れてた・・・・・・」
視界がチカチカする。
たぶん、いや絶対良くない兆候だけど今は意識がある。
左手はダメで、でも右手もそれなりに痛い。
が、仕方ないので右手だけで上体を起こした。
救世主の上に跨るようにして、鼻血を拭う。
「こりゃ罰当たりだな、きっと」
血が足りないのか、疲弊した脳はそんな言葉をこぼした。
続きます。




