救世主II(12)
続きです。
「まぁ着いちゃったらもう仕方ないよね!」
無理矢理自分を鼓舞して、目的地を目指して歩く。
知らない場所でも堂々と、だけど道は分からないからスバルの後ろで。
初めて訪れた知らない町は、人と車で溢れていた。
建物が多くて、いつもより空が狭く感じる。
「まぁ安全第一ニャ。いつでも逃げることは頭に入れておかないと」
「そうだね。君たちにうっかり死なれちゃ僕としても困る」
「スバル、あんたねぇ・・・・・・」
横に並ぶさくらが眉をひそめる。
でもどっちにしたって死ぬわけにはいかない。
スバルの為でなく、私たちの為に。
「なんか変だよねぇ、急にこんなに緊張して不安になるなんて」
今まで何度もやって来たこと。
アンキラサウルスをやっつける。
それなのにニュース番組の画面が頭から離れることは無かった。
「何もおかしなことなんてないさ。君たちはやっとアンキラサウルスを考えだしたんだ。姿勢が変われば、当然その心境も変わる」
「うん・・・・・・」
「だから怯えるのも無理は無い・・・・・・というかそれが当然なんだ。誰も彼もあの異形に怯えなさすぎる。防衛手段も持とうとしない。受け入れているんだ、あんな訳の分からないやつらを」
そう語るスバルはどこか腹立たしげで、そして虚しそうでもあった。
しかしその表情が一変し、少し嬉しそうなものに変わる。
「だけど今君は怯えている。それは理解への第一歩だ。少しずつ変わり始めているんだ。きっと他の人たちも・・・・・・」
スバルが太陽の眩しさに目を細めながら、都会の町並みを、そこに行き交う人々の流れを見渡す。
人々はビルの背比べの中で狭い青空を見上げ、今日も生きていた。
「ま、怯えてないけど」
自分の為にも、やっぱりちょっと強がる。
それにスバルは夏に似合う力の抜けた笑みを浮かべた。
ビルから跳ね返ってくる光に焼かれながら、車の往来やお店の音楽が激しい道を歩く。
活気の割に狭めな歩道。
わさわさとどこか暑苦しい印象を与える街路樹。
そういった道をしばらく歩くと、段々と人の流れと騒音が落ち着いてくる。
歩道も余裕のあるスペースになり始め、大都会という印象から人の住む場所という印象に切り替わる。
「案外木とか生えてるんだね・・・・・・」
都会というとビルだとか喧騒だとかどうしてもそういうものに結びつけてしまう。
田舎者の悪い癖だ。
しかし今歩いている場所の風景は私たちの住む田舎と大して変わらない・・・・・・と言ったら怒られてしまいそうだが、案外緑がある。
「まぁ植えてんだろ、多すぎたら多すぎたでなかなか鬱陶しいけど・・・・・・無きゃ無いで寂しいもんな」
どらこちゃんが葉っぱを引っ張りながら言う。
確かに緑の密度というか、そういうのはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
「これ、何ですかね・・・・・・? なんだか種か実みたいなものが落ちてますね」
「別に観光じゃないんだが・・・・・・まぁいい。それと、植物はちょっと専門外だね」
みこちゃんの疑問に、地面に散らばるその種だか何だかをスバルがつまみ上げる。
少し眺めて、やっぱり分からなかったみたいで投げ捨ててしまった。
「スバルも案外興味無いことだったらこんなもんなんだニャ」
「いや、気になってはいるよ」
私も少し気になって少し眺めてみるが、よく分からなかった。
「木を見た感じ背はあんまり高くないけど・・・・・・まぁ分かんないわね」
さくらも木を見上げるが、結局は首を捻るだけだった。
街路樹にされるくらいだから一般的と言うかあまり風変わりなものではないはずだけど、誰にも分からなかった。
でも。
「うん、ちょっと気持ちいいかも」
葉っぱの影の下で、歩きながら少し伸びをする。
植物の力は偉大だ。
少し緊張が解けて落ち着いた。
「まぁ日陰であんまり暑くないしね。静かだし」
さくらも軽やかな風に吹かれて、少し居心地良さそうにしている。
駅を出てすぐの喧騒からは想像もつかないくらいに居心地がいい。
やっぱり人が住む場所なのだと思った。
「まぁ普段はここまで静かじゃないだろうが・・・・・・散歩にはいい雰囲気かもね。だからここの人たちの散歩を取り戻してやらないとね」
スバルが首を鳴らしてから、次は腰を鳴らす。
「ん? 何言ってんの? てかバキバキ鳴りすぎ」
「いや済まない。あまり姿勢がいい方じゃないし、普段同じ姿勢でじっとしていることが多いからね」
スバルの歩調が変わる。
まるで駅手前で減速をかける電車のように。
そしてすぐに立ち止まり、こちらに振り向いた。
「着いたよ」
「え」
至って平和な景色に突然割り込んでくる不穏な黄色。
周りのものより一回り大きな建物を封じ込める立ち入り禁止のテープ。
「え、え、え・・・・・・。ちょっと! え!?」
そんなに近くまで来てたなら言ってよ!
それはちょっと言葉にならなかった。
困惑して、「え」だの「何」だのしか言葉が出ない。
目の前に殺人現場。
ドラマの世界の産物が目の前に形を持って現れる。
だが、着いちゃったらもう仕方なかった。
続きます。