草陰の虚像(14)
続きです!
「二人は......?」
「もうさくらの家に向かったニャ」
実際のところ、さくらのお母さんが家にいるかどうかは微妙なところではあるが、さくらが鍵を持たされていないらしいことからおそらく居ると思われる。
「私たちも行こうか」
既に学校を去ったさくらを追って、昇降口を飛び出した。
恐る恐る......と言った形で、さくらちゃんの家に向かう。
私の前を歩くどらこちゃんがとても頼もしく感じた。
「そろそろですね......」
言っている間に、目的地が見えてくる。
この辺りは結構住宅が密集していて、どれも同じ様な見た目をしている。
クリーム色の壁に、車一台分の駐車スペース。
二階建ての窓の多い家だ。
立ち並ぶ建物を眺めながら歩いていると、どらこちゃんが立ち止まった。
「ここだな」
そこにはやはり周りの建物と目立つ違いのない普通の家が佇んでいた。
緊張感で胸がつかえる。口の中の唾を飲み込んで間もなく、どらこちゃんがインターホンに人差し指を押し当てた。
頭の中をインターホンの音が反響する。
それと同時に、頭の中もすっかり真っ白になってしまった。
その私の背中に、どらこちゃんの手のひらが触れる。
「みこ......?大丈夫だ。何も心配は要らないよ」
手のひらから伝わる熱は体に滲み、余裕を失った心をじんわりと包む。
その熱を手繰り寄せようと、無意識に身を寄せる。
そして、扉が開いた。
地面を捉える踵が、軽快な音を立てる。
そのリズムとは裏腹に、進むスピードはかなり控えめだ。
「やっぱり私遅いんだなぁ......」
「今まで引きこもってた所為かもしれないニャ。ほんとはもう少し速いのかも......」
ゴローはそう言うが、走っている感覚は昔と何ら変わらない。
たぶん速く走ることにおいては、以前から不得手だったのだろう。
今目下の問題は、さくらに追いつけていないことだった。
「流石に速すぎない......?」
歩いてる相手に、全力疾走で未だ追いつけず。
流石に違和感を覚える。
ここまで追いつけないってこともないはずだ。
「もしかしたら既にボクらに気づいて身を隠しているかもしれないニャ」
ならば......と、踵で急ブレーキをかけて立ち止まる。
「どうするニャ......?」
「あいつのことだから気づいたなら見てるでしょ」
体に詰まった空気を全て吐き出す勢いで息を吐く。
吐いたら当然今度は吸う。思い切り。
そして......。
「出てこぉぉぉぉぉおいっ!!」
恥をかなぐり捨てて、馬鹿みたいに叫ぶ。これで出てこなかったらゴローと反省会一直線だ。猫まっしぐらだ。いや、それは違う。
「うっさいわね......」
しかし、私の声を聞いてさくらはその姿を現わす。やっぱりコンクリート塀の上に立っていた。拘りなのだろうか。
風になびくスカートから伸びる脚に視線が自然と移動する。
「あれ......?」
「どうしたニャ......?」
事実と噛み合わない光景に首をかしげる。あるはずのものがないのだ。
「ちょっと!どこ見てんのよ!馬鹿!最低!」
慌ててさくらはスカートを抑える。
私を睨みつけて、その人差し指を私に向けた。
「いつまでも走ってるから最後まで気づかないんじゃないかと思ったけど、流石にそこまでバカじゃないみたいね」
「余計なお世話だ!」
私たちも余計なお世話をしに来ていることを棚に上げて非難する。
ゴローがやれやれといった感じに手を広げていた。
「あんたに話がある!」
さくらの人差し指に重ねるように、指を指し返す。
しかし、さくらは取り合うつもりがないようだった。
「私はあんたに話は無いのよ。あんた最近サボりすぎ。ちゃんと私の為に働いて」
「話あるじゃんか......」
私の言葉は無視して、指を鳴らす。
その途端姿を消した。
「あっ......ちょっと待てい!」
文句を言う私の背後に影が伸びる。
「このパターンは......。きらら振り返るニャ」
「へ......?」
逆立った黒い体毛。
獲物を睨む赤い目。
「......またあの熊!?」
「さくらはまだキミにキラキラ粒子集めをさせるつもりニャ......」
「まったく......こんなのに構ってらんないのに!」
その巨体を見上げ、身構える。
反省会の後、こいつの戦い方は既に見つけてある。
あの咆哮を誘発させるのだ。
範囲はバカみたいに広いが、ダメージはそこまで致命的ではない。無視できるレベルでもないが。
頭のいい戦い方ではないが、今はこれが一番安定するだろう。さくらと戦える余力を残せるかは......微妙だ。
「ゴロー!下敷き!」
「あいあいさニャ!」
ゴローが私の背中のランドセルから下敷きを引っ張り出す。
それを受け取って、ランドセルはゴローに預けた。
「防ぎきってやんよ!」
下敷きを半透明のシールドに変え、アンキラサウルスの腹を蹴って距離をとった。
続きます!