百鬼夜行(25)
続きです。
私たちを取り囲むように点灯した白色のライトが影を食う。
その鋭い光に視界を焼かれて、頭痛でもするようだった。
突き刺す光を遮って、スバルの座る椅子がゆっくりと降下してくる。
その影は、丁度嵐山の頭部が届くか届かないかくらいの位置で静止した。
その下降と同時に、空を塞ぐように天井が出来上がっていく。
少なくとも私たちは上からこの闘技場に落とされたわけなので、出来上がっていくで間違いないはずだ。
日光が完全に遮断されることで、過剰な明るさが落ち着く。
と言っても、やはりライトは直視出来ない程に眩しかった。
ほとんど真昼と変わらない、それどころかそれ以上に明るい闘技場の中で嵐山が動く。
各関節から蒸気のようなものを吹き出し、いよいよ最終調整が終わったようだった。
「コイツは・・・・・・」
どらこちゃんがその巨体に一歩後ずさる。
装備の重さからか嵐山は関節を伸ばしきらないで立っているが、足をピンと伸ばせばおそらく天井に頭をぶつけてしまうだろう。
嵐山にとって、この闘技場は少し狭い。
それが嵐山にとって有利に働くか不利に働くか、それはまだ分からないのだった。
「あの槍の大きさ・・・・・・このフィールドじゃ一歩動けばどこにだって届くわね・・・・・・」
さくらが手でひさしをつくって、後光を浴びる嵐山を見上げる。
みこちゃんも同じようにしてライトの眩しさに目を細めていた。
見上げた巨人は、やはり今までのロボットとはガラッと雰囲気が違う。
どうしてこんなにまで印象が違うのかと考えると、まずは眼球の数が違いとして数えられた。
今までのロボットはどれも単眼か、あるいはどこが頭部かも分からないようなのばかりだったけど、嵐山に関しては目玉が二つある。
単純に数が多いから強いというわけでもないだろうけど、今までのとは違うというのを前面に押し出している感じだ。
もう一つ私でも分かる違いとしては、そのデザインが生物的であることだった。
もちろん本質はあくまで機械なのだが、曲線が目立ち、逆に平面的な部分は少ない。
電車形態のときの刺々しさはなりをひそめ、その特徴は槍のみに集約されている。
巨大な盾には、何やら渦巻くような溝が意味ありげに彫られていた。
『回転・・・・・・だ』
どこでどういう風に接続がなされているのかは不明だが、闘技場の至るところからスバルの声が響く。
発言内容はそれ単体じゃ意味不明だった。
「何言ってんのさー・・・・・・!」
特に叫ぶでもなく疑問を投げかける。
会場に響いたスバルの声よりはずっと小さかったけど、これもどういうわけかスバルの耳にしっかり届いた。
『君たちが呑気に嵐山の鑑賞をしてるから、それについて話してやるってことさ』
「それにしたっていきなり回転は意味不明よ・・・・・・」
『そこ! 聞こえてるからな』
「何で聞こえんのよ・・・・・・」
さくらは頭痛を鬱陶しがるようにため息を吐いた。
たぶんその声も聞こえているのだろう。
上に居るからよく分からないがスバルが何かしたようで、嵐山の瞳に灯る光が消える。
それと同時に、自重に負けるように更に体勢が少し沈んだ。
『回転。・・・・・・そう、嵐山のテーマは正しく回転なんだ』
「テーマって・・・・・・夏休みの宿題ですか? ポスターみたいな・・・・・・」
みこちゃんがロボットに似つかわしくない言葉に少し笑う。
私は時期的にも宿題云々の話をされると耳が痛かった。
しかしポスターもロボットも一応は創作物ということで括れ・・・・・・る、かなぁ・・・・・・。
『うん・・・・・・まぁ、それは・・・・・・ね』
みこちゃんの不意打ちにスバルの勢いが心なしか衰える。
今のうちにみんなで囲んで叩けば動き出す前に嵐山を破壊出来るかもしれない。
しかしスバルは負けじと話を続けた。
『回転。例えば変形のときの動作にも回転を多用している。複雑な回転が繰り返されることで、全く別の姿に変わるんだ。その動作は滑らかで、そして美しい。無形も一つの完成形だったが、これはまた別の方向での完成形と言っても差し支えないだろう』
私以外は無形の名を知らないはずから伝わっていないのだろうけど、みんなも何となく雰囲気で他のロボットを指していると分かってるみたいだ。
因みにスバルが熱く語る変形場面だが、正直そこまでよく見ていなかった。
あと早くてよく分からなかったのもある。
『そして武装。回転式徹甲槍と回転式拡散盾。操重力機構は君対策に標準搭載として、男らしく武装は小細工無しにそれだけさ。まぁその性能は戦いの中で身をもって体験してもらおう』
スバルの表情は窺えないが、まぁ笑っているだろうなと言うのは分かった。
いつだって機械自慢の時は楽しそうに話すのだ、スバルは。
『準備はいいかい?』
そう言って、するりと戦闘に移行しようとする。
「うん・・・・・・。うん? いや、ちょっと待ってよ!!」
あまりにその流れがあっさりしているものだからうっかりスルーしそうになるが、慌てて待ったをかけた。
『なんだい・・・・・・?』
一応はそれに答えてくれる。
だが、そこに私の心の準備が出来ていない以外の理由は無いのだった。
「あの・・・・・・えっと・・・・・・」
何とか取り繕おうとするが、咄嗟に気の利いた言い訳は湧いてこない。
他のみんなはもう戦いの準備が出来ているようで、私のことを「どうしたのだろう」程度の視線で見ているだけだった。
「えぇっと・・・・・・」
『はいどーん、時間切れ! 勝利条件は嵐山の破壊。負けないでね』
私がへらへらニヤケ面でいると、スバルは無慈悲に開始の合図を振り下ろす。
再び、嵐山の瞳に光が灯った。
動作確認でもするみたいに、槍と盾が緩く回転する。
それが止まると、私たちに試合開始を知らせるように闘志いっぱいに槍を薙ぎ払った。
盾の奥で青い瞳が輝く。
戦いの火蓋は、切り落とされた。
続きます。