百鬼夜行(19)
続きです。
日差しから逃げるように、カーテンの影に隠れる。
私以外誰も居ない部屋には蝉の声ばっかり飛び込んできて、うるさくて、暑苦しくて、だけど自分の部屋ではないから目の前にある扇風機のスイッチを入れることも躊躇われた。
何より・・・・・・。
「そんな気分じゃ・・・・・・ないわね」
目を伏せる。
ただそうやって、きららたちの帰りを待っていた。
どれくらい時間が経ったか、それはもう分からない。
ただすっかり待ちくたびれて、けれどもまだ帰ってこないのだろうという感覚はあった。
「きららは・・・・・・」
自分の命を奪いかけた少女の為に戦っている。
それもあのスバルが自分の命なんて懸けるはずがない。
何もかもスバルの思う壺なのだ。
「・・・・・・馬鹿よね」
ほんと馬鹿。
きららだってそんなこと分かってるだろうに、万が一を否定出来ないから戦っている。
あんなやつの為に。
つくづく気に入らない。
でも・・・・・・。
「きららが馬鹿なら・・・・・・私は子供ね」
散々人のことを馬鹿にしておいて、そして我儘でここに蹲っている私はただの子供だった。
実際に子供なんだからそれでいいじゃない・・・・・・なんて自己暗示にも似た言い訳をするが、全く響かない。
それはたぶん私自身私の幼稚さが許せないからだった。
胸中でスバルに対する怒りと、自分に対する怒り、そしてどうしようもなくそこにある寂しさが渦巻く。
私一人、幼稚なままこの部屋に取り残されていた。
どうしたらいいのか・・・・・・なんて、そんなことは分かりきっている。
今の私を救えるのは私しか居ない。
しかしスバルへの怒りと、私自身が放ってしまった言葉がそれを邪魔する。
「・・・・・・ダメね」
本当に、ダメダメだった。
虚ろな目で、部屋の中を無感情に見渡す。
どこの子供部屋にもあるような机や本棚、シーツがくしゃくしゃになったベッド。
と、その机の脇にリュックサックがぶら下がっているのを見つけた。
私がきららにプレゼント・・・・・・あげたものだ。
「これ・・・・・・」
せっかく人があげたものを忘れていくなんてとかそんな気持ちも湧き起こるが、重要な事はそれではない。
きららがそれを忘れていったという事自体が何よりも重要な問題だった。
四つん這いで、そのリュックの元まで向かう。
辿り着くと、肩掛けに人差し指を引っ掛けて机の脇のフックから外した。
指にはそれ相応の重さを感じる。
中を覗いてみると、案の定そこには見覚えのある小道具たちが詰まっていた。
愛用してる線引きに、引っ掻き傷だらけの下敷き。
その他ガラクタ。
なんだかとっ散らかっていて、幼児の宝物入れを覗いたような気持ちになった。
私にも少なからずそういう時期はあって、だから少し懐かしくなる。
「大丈夫・・・・・・なのかしら?」
これが無くて。
秘密基地での圧倒的な力を思い出すと、案外大丈夫なのかもしれないが、それにしたって不安は拭えなかった。
しかし、その不安が私にとっての救いとなる。
最良の言い訳となる。
「まったく・・・・・・馬鹿ね・・・・・・」
そう、きららが忘れ物をしたから仕方ないのだ。
本当は行きたくないけど、きららが困っているだろうから仕方なく向かうのだ。
「本当・・・・・・」
本当に馬鹿。
自分に対して、心の底から呆れる。
馬鹿で、幼稚で、素直じゃなくて・・・・・・もう救いようが無い。
けど、このリュックのおかげで、素直じゃないなりに自分の気持ちに従うことは許されたのだ。
「情けは人の為ならず・・・・・・って、こういうことかしらね」
プレゼントが情けかどうかは置いておいて。
きららのリュックを背負う。
ポケットの中に手を突っ込んで、そして球を・・・・・・いや、漆黒の短剣を取り出す。
背後に蠢く不可視の植物は私の体とどこも繋がっていないのに、私の意のままに動かせた。
そこからは早かった。
靴も履かないで、私が呼び出した蔓の束に乗っかって空を横切る。
その蔓が伸びていくのに任せれば、歩くよりずっと速かった。
バランスをとって、変な意地で手はつかないように努める。
蔓と蔓の隙間に足の指を食い込ませて、無理矢理踏ん張った。
上空から見渡せるおかげで、きららの姿も容易く見つかる。
内心重力で無双している可能性も考えていたが、どうやら劣勢のようだった。
既にボロボロになった道路の上で、まさかの素手で道路の横幅より背の高いロボットと戦っている。
その有り様に、きららには悪いけど多少のありがたさを感じながら道路の上に足を降ろした。
裸足の所為で、そのザラザラした感触を直に感じる。
日光の熱を蓄えたそれは、想像より熱かった。
きららはいつの間にか、ロボットの攻撃によりひび割れた道路にめり込んでいる。
その様子には、流石にありがたいなんて言っていられない。
きららはゆっくりと立ち上がるが、その後ろ姿は頼りない。
そんなきららにも、容赦なくロボットは拳を振り下ろそうとする。
だがそんなことは当然私が許さない。
そのロボットの鋼鉄の四肢を、不可視の蔓で縛り上げる。
数本の蔓はどういうわけか何かに阻まれてしまったけれど、ほとんどは問題なく絡まりロボットの動きを著しく制限した。
「何やってんのよ、馬鹿」
大切なもの、忘れてるでしょうが・・・・・・。
なんだか恥ずかしくて、目を背けながらきららの後ろ姿に声をかける。
すると、少し遅れてきららは振り向いた。
その表情を見て少し面食らう。
まぁ言葉を選ばなければだいぶみっともない泣き顔だった。
「ちょっと・・・・・・鼻水・・・・・・」
言っている間にも、ほとんど間を入れずに、迷子の時に親をやっと見つけたというような勢いで飛びついてくる。
その温度と感触に思わず肩が強張った。
狼狽える私なんかお構い無しに、私の体をその柔らかい腕でぎゅーっと締め付けてくる。
気が気ではないが、しかし冷静さを取り繕うことはなんとか出来た。
やがて、慣れてきたのか、すぐに心拍数も落ち着く。
私の中のあるかも分からない母性か何かが刺激されたのか、ほとんど無意識にきららの背中に手を回した。
少し汗ばんでいるけれど、その背中を撫でる。
きららは私を許してくれた・・・・・・ということでいいのだろうか。
我儘で「行かない」と言って、そして我儘で結局来る。
そんな私を、受け入れてくれたのだろうか。
その答えは本人に確認するまでもなく私の中にあった。
きららがどんなやつかを考えれば、一瞬だった。
きららが求めてくれるなら、ここに居ていいなら、やることは一つ。
・・・・・・私も最善を尽くすのみだった。
続きます。