百鬼夜行(17)
続きです。
影を衣のように纏った無形が、こちらに一歩ずつ近づいてくる。
走っているわけじゃないが、その脚の長さのおかげでスピードは速かった。
「ちょっとスバル、もっかい銃になってよ」
空中を飛ぶスバルを捕まえようとするが、その手は空を切る。
軽い動作でひょいと躱されてしまった。
『やだよ。一応言っておくけど、僕は敵だよ?』
「それなら協力か非協力のどっちかでいてよ・・・・・・。こっちはスバルの命の為に戦ってんだからさぁ・・・・・・」
『分かったよ・・・・・・』
スバルが参ったよというような雰囲気で言った。
とりあえずは協力を選択したと受け取る。
だからその体を捕まえようと手を伸ばすが、当然のように躱された。
「ちょっとぉ・・・・・・」
『非協力を貫かせてもらうよ』
まぁ分かってはいたけど、やっぱりそういうことらしい。
これでまた武器無しの無能になったわけだけれど、重力も効かないとなればいよいよ本当に打つ手がない。
徒手空拳か・・・・・・?
現実的に考えればまたみこちゃんよろしくお願いしますな感じになるのだが・・・・・・。
痛みから復帰したゴローの元から、贈り物の弾丸が届く。
それは無形の装甲に触れる前に青い光に跳ね返されてしまった。
「まぁ・・・・・・だよね・・・・・・」
かくして、無形は何の妨害も受けることなく、あっという間に私の元へ辿り着く。
その大きさはロボットとしては控えめだが、それにしたって大きい。
漫画のコマ内やテレビの画面内で見るのとは訳が違うのだ。
その細く、一見弱々しく見える手足も、実際は私よりずっと太く、頑丈。
そして重い。
そしてその指を開き、手のひらをこちらに向け・・・・・・。
その中央に意味ありげな穴が見えた。
「・・・・・・!」
瞬間、火花が弾ける。
慌てて横に跳ぶと、元居た位置に弾丸の雨が降り注いだ。
それを避けたとて、雨は止まない。
私を追ってその手を動かした。
「くそ・・・・・・」
駆け出してその軌道から逃げるが、合わせて手のひらも私を追ってくる。
撹乱しようと不規則にカーブを繰り返しても、私のすぐ後ろにピッタリ弾丸は着いて来ていた。
私の逃げ惑った軌跡がそのまま道路をに弾丸の跡として残る。
これを避け続けるのは無理だと悟って、こちらも重力を使わせてもらった。
立ち止まり、その弾丸を弾き返す。
不可視の力に遮られて、弾丸はその弾道を逆向きになぞった。
しかしその弾丸もまた、やはり無形には届かない。
こちらに打ち返しはしなかったが、弾丸はあらぬ方向へ弾かれてしまった。
無形も銃の乱射は無意味と踏んだのか、その拳を握りしめる。
そのまま溜めもせずに金属の塊の拳を振り下ろした。
「わ・・・・・・」
人間なら普通、多少なりとも溜めの動作があるが、それが全く省かれているから反応が遅れる。
咄嗟に腕を顔の前で交差して防御姿勢をとり、同時に重力も展開した。
無形の拳が一瞬押し戻される。
が、すぐに青い光を纏わせて押し返してくる。
「くぅ・・・・・・」
私も両腕を突き出して、更に力を込める。
目に見えないが、しかし大きな力のぶつかり合いを、無形が放つ青い光が広がることで可視化した。
足がズリズリ路面を滑る。
その度に、無理矢理一歩踏み出す。
無形の放つ光の強さは一層増した。
「こんの・・・・・・!」
額に汗が伝う。
拳の重さを受け止める腕が震える。
それでも奥歯が欠けそうな程食いしばって、拳を押し続けた。
『顔真っ赤』
スバルの言葉に反応する余裕もない。
トイレを我慢していたら大変なことになってしまうくらい力んで、青い光を受け止める。
そして・・・・・・。
無形の背中で炎と煙が爆ぜた。
「な・・・・・・これ・・・・・・!」
ビリビリと空気が轟く。
それと同時に、腕にのしかかっていた抵抗が消える。
今まで全力で高めていた力が、無形の拳を弾き飛ばし、その巨体を吹き飛ばした。
激しく回転しながら吹っ飛び、そしてぐしゃりと私のバイクの上に落下する。
更にそこに追い討ちで、空から一直線に煙の筋が伸びた。
「みこちゃん・・・・・・!!」
もう何度目か分からないが、その名前を再び叫ぶ。
狭い通路では巻き添えを食らってしまったあのバズーカだかロケットランチャーだかが無形を捉えていた。
しかし二射目は重力光に阻まれて空中で爆発してしまう。
「あぁー・・・・・・」
残念に思いながらも、どうも一つ発見出来たかもしれない。
「ねぇ、スバル?」
『なんだい?』
「もしかしてあの青い光、一方向にしか出せない?」
だから私と鍔迫り合い(?)をしていたときはみこちゃんの攻撃を防げなかった。
そう私は考えたのだった。
『さてどうだかね』
スバルは明言を避ける。
しかし否定はしないということは、どうも正解らしかった。
「ふぅん・・・・・・」
なるほど・・・・・・ね。
ならば二対一のこの状況、こちらに有利だ。
無形がカエルのように跳ね上がり、そして体勢を立て直す。
両手両足を地について、そして顔だけこちらに向けた。
何をするつもりかは分からないが、その姿は隙だらけ。
みこちゃんがまたさっきのように撃ってくれることを信じて、無形の方へ駆け出した。
その瞬間、視界に光が満ちる。
「な・・・・・・」
眩しくて、反射的に目を閉じる。
それでも瞼越しに光が突き刺さる。
何も見えずに、だけどこのままじゃ絶対まずいので重力を展開した。
大技みたいだし、弾ければむしろ美味しい。
しかし、その考えは浅はかだった。
訳も分からないまま、体が吹き飛ばされる。
エネルギーの濁流に、翻弄される。
その流れから抜け出せない。
眩しさの所為で何が起きているのかも分からない。
すると、突然その光は途切れた。
目を開くが、目が眩んでよく見えない。
しかし空中に居るのは分かった。
落下方向と逆向きに重力を加えて、ゆっくりと落ちる。
すると存外早くお尻が道路に触れた。
瞬きを繰り返し、視界を取り戻す。
目に入ったのは、ずっと遠くで単眼から白い煙を昇らせる無形の姿だった。
「え・・・・・・」
まずその距離の開きように驚く。
その吹き飛び方が、絶大な威力を物語っている。
「あ・・・・・・ゴローは!?」
ダメージを受けてしまったのは確実。
慌てて、空にみこちゃんたちの姿を探すが青空の黒い点は見つからなかった。
座ったまま周りを見ていると、どこに行っていたんだか分からないが、スバルがこちらに飛んでくる。
『二人は墜落したよ。ちゃんと救出したから安心して。・・・・・・まぁもう猫君は今日は戦えなそうだけど・・・・・・』
「な、何・・・・・・が・・・・・・?」
『高出力貫通光線・針。いわゆる必殺技さ』
「な・・・・・・」
なんだよ、それ・・・・・・。
こっちが優勢だったんじゃなかったのかよと、半ば放心状態に陥る。
『冷却が要るから今は撃てないから安心していいよ』
そんなこと言われたって、だからと言ってどうすればいいというのか。
無形は道路から自らの手脚を引っこ抜くような動作をして立ち上がる。
煙をなびかせて、こちらに向かって歩き出した。
私も、それを見てとりあえず立ち上がる。
お尻を払って、そして・・・・・・。
そして、どうしよう・・・・・・?
今の光は凄まじかった。
だからどらこちゃんが気づいたかもしれないとその姿を探すが、しかしこちらに来る気配は無い。
向こうは向こうでそれなりに余裕が無いのかもしれない。
そもそも今となっては嵐山がどこを走っているのかすら・・・・・・。
「くっそ・・・・・・なんだよ、もう・・・・・・」
無形の影はもう近い。
助けは無い。
相手は冷却中。
さくらが居てくれたら、それだけでどうにかなったかもしれない。
けれども、それは無いものねだりに過ぎない。
一人で。
今はほとんど普通の人と変わらない私一人でやるしかなかった。
続きます。




