My name is...(3)
続きです。
「こ、これ......あれ?この......あのやつ」
「そんなに慌ててどうしたね?一旦落ち着いて話してごらん」
部屋に入ってきたおばあちゃんは、私の要領を得ない説明に、穏やかに対応する。
その姿を見て、こちらも少し落ち着いたのか、頭が低速ながら回り出す。
「その......猫のぬいぐるみが喋った......」
「これかい?」
おばあちゃんが、ぬいぐるみを指でつつきながら言う。
ぬいぐるみは少し揺れるだけで、再び喋り出したりはしない。
おばあちゃんが、不思議そうにあちこちをペタペタ触る。
「特に......何もないみたいだよ?」
おばあちゃんが不安げな顔で、私を覗き込む。
「そんなこと......」
とは言いつつも、ぬいぐるみが喋ったことを未だに信じきれない自分もいる。だから自然と言葉も尻すぼみになる。
おばあちゃんが、私を安心させようと笑いかける。
「まぁ......また何かあったらお呼び。おばあちゃんいつでも来るから」
「う、うん......」
おばあちゃんが部屋を出て行くと、再びぬいぐるみと私だけの静寂が始まる。
体は硬直したままで、立つことも視線を逸らすことも出来ないでいた。
「やぁ」
整いかけていた呼吸が止まりそうになる。さっきと同じ声だ。
唾を飲み込んで、思い切って話しかけてみる。
震えた声が空気を揺らした。
「あなたは......誰?というか、何?」
ぬいぐるみは無表情のまま答える。
「ボクはマスコット。そんなに怖がらないで欲しいな。せっかくこんなかわいい姿をしてるんだから、もっと無警戒に接してくれよ」
「マスコット......?かわいい姿って言ってるけど、なんか喋り方微妙に可愛くないし......」
「ボクは改名戦争でキミをサポートする大切な仲間ニャ」
「いきなり語尾変えられても......」
私の言葉を受けてのテコ入れであることが明け透けだ。距離の詰め方が雑すぎて、警戒心は高まる一方。
ぬいぐるみは首を傾けて何ごとか考えている。
しばらくして、再び口を開く。と言っても顔のパーツは全く動かないが。
「ボクは改名戦争でキミをサポートする大切な仲間ニャ」
「......は?」
全く同じ台詞を吐かれてしまった。
何がしたいというのだろう。
「ボクはキミに色々と説明しなきゃならないんだけど、キミが質問をしないから話が広がらないニャ」
なんとも困ったような声色で言う。声の表情は豊かなようだった。
「質問......質問って?」
「キミ、ボクの話聞いて何も疑問に思わなかったニャ......?」
「かいめいせんそうがなんとかーってやつ?」
「よくぞ訊いてくれたニャ!」
別に何かを訊いたつもりもないけれど、勝手に一人......一匹(?)で盛り上がり出した。
「まず最初にキミは変な名前をしてるだろ......ニャ」
雑に語尾をつけながら、失礼なことをのたまってくる。
「別に変じゃ......」
「いーや、変ニャ!くそダサいニャ!」
「なっ......」
しばらく名前に関しては何も言われない生活を送っていたので、少しムッとする。
「ともかく、キミの名前は言ってしまえば呪いも同然ニャ。一生付きまとって、キミを苦しめ続ける。違うかニャ?もしかしたら今も何か悩んでることがあるんじゃないかニャ?」
「それは......」
開きかけた古傷と、そして今負っている傷が重なる。
「キミの顔を見れば大体分かるニャ。でも心配はいらないニャ!」
ぬいぐるみの声が明るくなる。
それに伴って私の気持ちは沈む。
「心配なんて、してないよ......」
私の声が小さすぎて聞こえなかったのか、話を続ける。
「キミが改名戦争に勝利すれば、キミは自分の名前を変えることが出来るんだニャ!どうだい?魅力的だろ......ニャ」
「私は名前を変えたくなんかない......」
鼻の奥がジーンとして、目頭が熱くなる。表情筋が震えて、いじけたような気持ちになる。
唇を噛んで、顔を上げる。
そこし涙が滲み出した視界には、猫のぬいぐるみ。
また首を傾けて、ぬいぐるみが話す。
「どうしてニャ?そんなに拘らなくたって......」
「お母さんからもらったものだもん。お母さんが私の為に考えてくれたものなんだもん」
感情が先行してしまって、思考が追いつかない。自分でも何が言いたいのかよく分からないまま、ただボロボロと言葉がこぼれる。
直感的に「あ、泣く」と言うことだけははっきり感じた。
「......分かったニャ。キミの気持ちは分かった。そんな顔がさせたかったわけじゃないニャ」
ぬいぐるみが机を飛び降りて、顔の前で浮遊する。
少し声色を優しくして続ける。
「だとしたら、キミは負けるだけでいいニャ。じきに改名戦争が始まる。キミには戦う理由は無いから、負けるだけでいい。心配はいらないニャ」
先程とは真逆の意味の“心配はいらない”。
ぬいぐるみの真意は見えないが、わけもわからないまま嗚咽が溢れ出した。
ぬいぐるみが恐る恐る私の頭に手を置く。すぐにその手は離れていった。
「一つだけ訊きたいことがあるニャ」
ぬいぐるみが言うが、私はまともに喋ることができそうも無い。
それを察してか、言葉を続ける。
「キミの名前はなんて言うのかニャ?」
知らなかったんだと思いつつも、かろうじて口を開く。
「き......らら」
「やっぱり変な名前だニャ」
「......」
「でもダサくなんかないニャ。キミが大切に思ってるから、ちゃんと、良い意味でキラキラしてるニャ」
続きます。