百鬼夜行(9)
続きです。
家を飛び出すと、纏わりつくような暑さが私を出迎えた。
部屋の中でもそれは感じていたものだが、外に出るとそれが容赦ないものに変わる。
日の光の鋭さに空を仰ぐと、青を横切る道路の影が目に入った。
「あっつ・・・・・・」
風呂上がりだっていうのに、これじゃすぐに汗だくだ。
ただ立ち止まっている時間もないのだった。
暑さに首を焼かれるのを厭わずに、庭の隅に止めてある自転車の方へ向かう。
「それ・・・・・・動くのか・・・・・・?」
そう言う声と一緒にどらこちゃんたちも追いついて来た。
さくらの姿はない。
逆にどうして着いてきたんだか、目玉も鬱陶しく飛んでいた。
どらこちゃんに言われて、サドルの表面を撫でる。
小さなゴミが積もっていて、少しざらざらしていた。
ハンドルを握って角度を変え・・・・・・変え・・・・・・。
「変わらない!!」
ずっと雨ざらしだった所為で、すっかり錆び付いてしまっているようだった。
手を離すと錆がポロポロ溢れ落ちる。
「おいおい・・・・・・大丈夫かよ・・・・・・」
どらこちゃんが暑さに顔を顰めながら、ペダルを蹴る。
蹴り上げられたペダルは動かないわけじゃないが、何かに干渉しているみたいにぎこちなかった。
「どうしてこんな場所に置いておいたんですか・・・・・・?」
「・・・・・・それは、ほら・・・・・・ね?」
みこちゃんのまっすぐな疑問が突き刺さる。
誰だよこんなとこに置いといたやつ。
「きららニャ」
「思考に割り込まないで」
目玉の次にゴローが鬱陶しいと思います。
まぁそれはいいとして・・・・・・。
『錆びているね』
そう、スバルが言うまでもなく錆びている。
まぁどうせそのままの状態で使うつもりもないが、かと言ってこの状態だと変質させた後にも何か響く気がしてならない。
「・・・・・・て言うかさ。今更だけどどらこちゃんたちはどうしよっか・・・・・・?」
私は(おんぼろだけど)乗り物があるとして、どらこちゃんたちは何もない。
考え無しに行動を起こしたとて結局問題にはぶつかるわけか。
「まぁあたしはこれである程度高速移動なら出来ると思うが・・・・・・」
どらこちゃんが球を指で挟んで言う。
たぶんあの籠手から火をジェットみたいな感じで噴き出すやつのことを言っているのだろう。
勝手に短距離でしか使えないものだと思っていたが、割と長距離でも使えるらしい。
「じゃあ二人乗りかなぁ・・・・・・」
やったことは無いけど、二人乗りまでならいける気がする。
やったことはないけど・・・・・・。
「あの・・・・・・正直、きららちゃんが自転車乗っているところ見たことないんでかなり不安なんですけど・・・・・・」
みこちゃんが控えめに後ろの方で挙手する。
「まぁもうずっと乗ってなかったしね」
不登校だったし、そもそもそんなに乗ることも元々無かったし。
「余計不安なんですけど・・・・・・。それにちょっと速いのは・・・・・・」
「ん・・・・・・?・・・・・・あっ、そっか・・・・・・」
そう言えばと秘密基地でのことを思い出す。
あの入り口の滑り台(?)のところで、確か言っていた。
そういうの苦手なのだ。
「だとすると・・・・・・」
だとするとそもそもみこちゃんをどうしようということになる。
相手も高速で移動しているのだ。
それに追いつくなら自然こちらにも速度が必要になる。
「あ、でも基本的に私は遠距離からの攻撃みたいな感じなので・・・・・・一応追いつけなくても大丈夫です」
私が考えていることを察したのか、こちらにちょっと近づいて言う。
鉄砲の射程というのは詳しくないが、確かに届くのであれば問題ないだろう。
「ただ、それだと少なくとも道路より高い位置をとらないとだよな?」
どらこちゃんが自信無さ気に首を傾げる。
確かに上から撃ち下ろすという形じゃないと、道路とか建物が邪魔になる気がする。
「じゃ、じゃあ・・・・・・二人乗り、ですかぁ・・・・・・?」
みこちゃんが露骨に嫌な顔をする。
別に自転車の運転技術に自信があるわけじゃないけど結構傷つくぞ!
「それならボクが飛ぼうかニャ?」
ゴローがくるりと私の周りを回ってみこちゃんの前に出る。
「ゴローちゃんが・・・・・・ですか?」
みこちゃんは首を傾げるが、なるほど確かにそれは良さそうだった。
パワードなゴローに抱っこなりおんぶなりして貰って、道路より高所に位置取る。
まぁゴローが手を滑らせて落とすということもないだろうし、もしかしたら最前手かもしれない。
「高いところなら大丈夫かニャ?」
「えっと・・・・・・たぶん、大丈夫・・・・・・です」
そう言うみこちゃんはいまいち自信無さそうだ。
まぁ普通その高さまで生身で飛んで行くなんて経験無いだろうし、その反応は当然だった。
「下を見なきゃいいんだよ!」
その不安を払拭しようとアドバイスする。
「下を見ないと撃てないですよ・・・・・・」
その通りだった。
「でも、それでやります。それならきっと、私でも力になれるから」
みこちゃんが覚悟を決めたように宣言する。
空を飛ぶことは、私と自転車に乗ることよりは怖くないらしい。
「ありがとう」
複雑な気持ちになりながらも、その肩を叩く。
不安要素は多々あるが・・・・・・。
「まぁ大丈夫っしょ」
そんなものは根拠も自信も無いけど踏み潰して、今は前に進むだけだ。
スバルを救う為に戦う・・・・・・っていうのはなんかやだな・・・・・・。
だから。
私たちは、私たちの勝利の為に戦うのだ。
錆だらけの自転車のハンドルを握り、跨る。
その自転車は光に包まれ、進化を遂げる。
「いい感じ・・・・・・」
「無免許ニャ・・・・・・」
その姿は錆の鉄臭い匂いとは無縁の、流線形のたくましいバイクだった。
続きます。