秘密基地侵攻(27)
続きです。
全てが過ぎ去った後、部屋じゅうに飛び散ったガラス片をじゃりじゃり踏みながら中央に開いた穴を覗く。
その穴は深く、ここからではその底は闇に隠れて窺えない。
しかし、そこを昇って来る二つの光があった。
ユノとミラクルだ。
どうやら取り逃したのだろう。
「いや・・・・・・それにしても、やってくれたね。ひどい有様だ」
天井を見上げて、その惨状を嘆く。
まったくこの基地の建設に何日かかったと思っているのか。
しかし、何の成果も得られなかったわけではない。
まず、キ石には直接攻撃は通用しない。
結構本気で壊しにかかっていたが、傷一つ付かなかった。
そして何より、アンチェインドだ。
今まではあくまで「もしかして」の存在だったが、今回でその存在が確定した。
まったく見込み通りの少女だった。
「本当に・・・・・・ひどい有様だよ」
帰還したユノがこちらを睨むようにして、冷めた口調で言う。
「いや、済まなかったね。少々アンチェインドの力が予想外なレベルだった」
しかし、だが・・・・・・と続ける。
「けれども、あれは大きな収穫だよ。君にとってもそうだろう? 今回のきららの捕獲には失敗したが、これはそれ以上の収穫のはずだ。後のことも予定通り進めるだけじゃないか」
そう、今回の収穫は大きい。
ユノにとっても僕にとっても、この発見は特別な意味を持つはずだった。
それに、僕にはユノが何故きららに拘るのかさっぱりだ。
あんなのはただのゲーム参加者の一人に過ぎない。
他の有象無象と同じだ。
「いや、既に予定通りではない。本来なら蒼井きららの力をものにしていないとならないタイミングだ」
「だから・・・・・・君は何をそこまであの子に拘る? あの子には何も無いだろ」
「スバルには分からないだけだよ・・・・・・」
既にユノの目に分かり合おうという意思は感じられない。
ユノに分かって、僕に分からないものなどあるものか。
こっちとしても理解してやるつもりは無かった。
少し険悪になった雰囲気を和らげるように、ミラクルが笑う。
アイドルらしい明るい笑顔の下には、隠しきれない困り顔があった。
「まぁ・・・・・・さ! きっと大丈夫だよ。ね? 上手くいくよ。だって私たちだもん」
努めて明るく振る舞おうとするミラクルに、ユノの言葉が突き刺さる。
「ミラ、君は迷ったね? 蒼井きららへの攻撃を躊躇ったね?」
「そ、それは・・・・・・」
図星だったのか、貼り付けた笑顔が容易く壊れる。
今まで色々な場面を見て来たが、ミラクルの営業スマイルを剥がせるのはユノだけだった。
その逆も同じで、心の底から笑顔にさせることが出来るのもユノだけだった。
「いや、済まない。それはそうだ。私もミラにそんなことをやらせたくないはずだ。済まない・・・・・・」
ユノが自らの失言に気付き、いつもの冷静さを取り戻す。
それに伴って顔に出ていた苛立ちは無表情に溶けていった。
「私こそごめん。もう少しだったのに・・・・・・」
「いや、いい。いいんだ」
ユノがそっとミラクルの肩に手を触れる。
ユノからそうした行動に出るのは珍しいように思えた。
「さて、そしてこれからどうするんだい?」
話もここからは切り替えようという意味も込めて僕から切り出す。
その言葉に、素早くミラクルが反応した。
「それなんだけど・・・・・・秘密基地こんなになっちゃって、その、大丈夫なの・・・・・・?」
そのミラクルの言葉が何を指しているのかはすぐに分かった。
当然だ。
僕が作り出したものなのだから。
「ああ、本丸は無事だよ」
隠し球も無事さ、という言葉は呑み込んでおいた。
隠し球についてはユノたちに渡した百鬼夜行というより僕の百鬼夜行だ。
誰に教えてやる筋合いもなければ、そのつもりもない。
それに・・・・・・。
どうやらその隠し球を使うタイミングは、もうすぐそこまで迫っているようだった。
ほとんど砂粒のようになってしまったガラスの欠片を足で掃く。
阿形と吽形はただの鉄の塊になって、壁にめり込んでいた。
どうにも直して使い直すという次元では無さそうだ。
「ほんとに・・・・・・やってくれたね」
僕は、案外根に持つタイプだぞ。
この負けだって、負けたままで居るつもりはない。
蒼井きららはおそらくアンチェインドの影響と、環境の影響・・・・・・すなわち操重力光の影響を受けてそれに似た力を獲得した。
つまりこっちが用いている力と同質のものなのだ。
ならば対抗する手立ても十分にある。
「やぁ、君たちには僕はもう必要無いだろう? だから僕は僕個人として彼女たちに戦いを挑もうと思っている」
ガラス片に混じって散らばった蒼井きららの小道具をしゃがんでつまみ上げる。
「いや、そんなスバルちゃん・・・・・・」
ミラクルの声色に、僕を引き止めようとする空気は多分に感じた。
けれどもそれは僕が選んだ道を変える理由にはならない。
言葉には出さなかったけど、それを感じとったようで、ミラクルはそれ以上何も言わなかった。
「今回の結果に責任を感じていないわけでもないからね。勝ったらそっちにきららは受け渡すよ。負けたら・・・・・・どうなるかね・・・・・・」
本当は責任なんて微塵も感じていないが、それでも形ばかりは取り繕う。
たぶんユノたちの前では意味をなさないだろう。
それくらいにはお互いのことをよく知っていた。
それでも僕は僕自身のためにしか動かない。
それは最後まで貫き通すつもりだ。
さて、少しだけ時間が要りそうだ。
きっと二人も僕の勝手さには慣れてくれたはずだ。
二人に必要なものを与えた以上、僕が二人に尽くす意味はない。
約束は大部分を果たしたし、残りも果たす。
僕とユノを繋ぐものは、半ば脅迫に近いその約束だけ。
守ってくれよな、と一人先に秘密基地を後にした。
続きます。