草陰の虚像(9)
続きです。
スタートラインに立って、その場で足踏みをする。
こう言う状況でいざ走るとなると、妙な恥ずかしさがある。
「えっと......じゃあ、いきます......」
「がんばえー」
スタート地点で手を振ると、やる気のない声援が飛んできた。
一走目。
「......遅いな。......んあ、いやなんでもない」
二走目。
「まぁ......速くは......ないですよね」
三走目。
回数を重ねるごとに疲労が溜まり、速度も落ちる。
足の遅さと同時に体力の無さも思い知らされた。
「はぁ......はぁ......」
どらこちゃんたちの正面で膝に手をついて息を切らす。
あごを大粒の汗が伝った。
服にもすっかり汗が染み込んでしまっている。この後の授業で椅子に座ったときに染みが出来るのが容易に想像できた。
「まぁまぁお疲れ。......とりあえず一旦こっち来な」
どらこちゃんが手で顔を仰ぎながら木の下から呼ぶ。
その声に従って、ふらふら日陰に潜っていった。
木の幹に向かって半ば倒れるようにして座る。
とにかく暑くて日陰に入ってもその恩恵をいまいち感じ取れなかった。
「あづいぃー」
「うわ......すっげぇ汗......」
どらこちゃんが私の体を指で突く。
正直暑いから触らないで欲しかった。
「それで......何か分かったんですか?」
みこちゃんが前のめりになって、どらこちゃんを覗く。
「んあぁ......まぁ......」
「え?分かったの!?」
全く予想していなかった返答に、思わず反応が大袈裟になる。
ちょっと無駄に体温が上がってしまった気がした。
「うおぉ......びっくりした」
突然の大声に若干引きつつも、どらこちゃんが続ける。
「一回目、二回目、三回目全部そうだったからたぶん間違いないと思うけど......きらら、おまえ足が地面にべったり着きすぎてんだよ......」
「足......?」
「足ですか......?」
私もみこちゃんも示すのは疑問符だった。
まぁ二人とも運動が得意な方ではないから、ピンとこないのは当然といえば当然だろう。
「どういうこと......?」
尋ねるとすぐに説明を始める。
「なんつーか......滞空時間が短いっていうか......足が地面についてる時間が長過ぎるんだよ」
「んん......?つまり......?」
まだ理解が追いつかない。
というか、どらこちゃん本人も説明出来るほどしっかり何かを掴めたわけじゃないみたいだった。
「なんか、こう......なんだ?軽やかさに欠けるというか......その......とにかく走りづらそうな走り方だと思った。すまん。思ったより言い方が分からんかった」
少し気まずそうに頭を掻いた。
そこにすかさずみこちゃんがフォローを入れる。
「でも何となく見てて言いたいことは分かります」
「うーむ......」
少し伸びをして、頭の後ろで手を組む。
どうも何かが違うのは確からしいが、どうすればいいのかが分からない。
「まぁ......色々実験してみないとだなぁ」
「え......まだ走るの......?」
「まぁまた後日でいいだろ」
どらこちゃんは感覚的には理解出来ているようなので、その表情ももどかしそうだった。
「そろそろ時間ですしね......」
みこちゃんに言われて気付く。
もうすぐ休み時間も終わってしまう。
気持ちを切り替えてどらこちゃんに尋ねる。
「今日五時間目なんだっけ......?」
「あーっと......なんだっけ......」
「社会科ですよ」
この疲労感の後に社会。
これは......。
「あーたぶん寝るなぁ......」
最近では私の不登校のイメージもだいぶ払拭され、今ではただの問題児だ。
成長したんだか退行したんだかよく分からない。
「起こしてやろうか?」
「その時はお願い......」
まだ強い日差しの下、三人でふらふら校舎に戻っていった。
続きます。