秘密基地侵攻(16)
続きです。
「さて、じゃあ最後の説明に移らせてもらうよ」
そう言ってスバルは、ポケットから何かのリモコンのようなものを取り出した。
周りにはまだ不可思議な機械で溢れているのに、もう最後なのか。
おそらく大量に並ぶコンソール・・・・・・でいいのだろうか?
それについての説明も、また話しても分からないものなのだろう。
スバルがそのリモコンのボタンを押し込む。
その時に鳴った音は、この施設に似つかわしくない「ピッ」という軽い音だった。
なんだエアコン点けただけかなんて思ってみるが、当然そんなことはない。
響きだしたのはエアコンの駆動音なんかよりずっと重く、そして硬質な音だった。
「何だ、アレ・・・・・・?」
どらこちゃんが音の発生源の方を向いて目を細める。
音はドーム型の部屋の丁度てっぺんの方から降ってきていた。
「まぁ見てれば分かるよ」
水槽を天井に繋ぎ止めるパイプの束が揺れる。
まるで内側から押し出されるみたいに蠢いていた。
押されたパイプが、水槽の内側まで滑り込む。
そのまま水槽の外側に伸びるパイプもあった。
それはどこかに纏わりつくでもなく、だらしなく垂れ下がっている。
そうやって、水槽の一番上でタコの足みたいになっているパイプの束から、何かが吐き出される。
それが球体だったから、エイリアンの産卵を見ているみたいな気分になった。
「で、あれはなんなのよ・・・・・・?」
見た結果、正体が分からないじゃないかとさくらが文句を言う。
産卵された球体は水槽と同じように全面ガラス張りで、だけど中には何も入っていないし酷く小さい。
何かを入れるにしても大したものは入らないだろう。
無理矢理詰め込んだとしても私一人でいっぱいになるくらいの大きさだ。
さくらの言うように、これが何のための何なのかさっぱりわからない。
さくらの言葉を受けても、スバルは口を開かない。
口笛でも吹きそうな程涼しい表情である。
そうしてスバルは口笛の代わりにもう一度、今度はさっさとは違うボタンを押す。
その瞬間、水槽からはみ出したパイプから青い光が溢れ出す。
「な、何・・・・・・?」
何だか嫌な感じがしてその光の当たらない場所に避難する。
しかし通常の光とは性質が違うらしく、まるで液体みたいに室内を満たしていった。
「なんですか・・・・・・これ?」
「なんかヤバそうだな」
みんなも突然のことに焦り、惑う。
しかしどこにも逃げ場など無いのだった。
「ちょっと何よこれ! 説明しなさいよ!」
さくらが叫ぶと、スバルは「人体に影響は無いから安心して」と笑った。
当然、そんなことを気にしているわけじゃない。
この・・・・・・これは、なんなのか。
何が起きているのか。
その説明が欲しかった。
スバルがその答えを口にするより早く、結果が訪れる。
どらこちゃんの籠手が、さくらの短剣が、みこちゃんの拳銃が元のビー玉同然の姿に戻ってしまった。
「あっ・・・・・・」
突然の形状の変化に対応しきれず、みこちゃんが球を取り落とす。
慌ててみこちゃんがそれを拾いに行こうとするが、それは上に落ちてしまった。
そう、本来なら床に落ちて転がるはずのそれが、そのまま上へと昇っていったのだ。
みこちゃんが球を捕まえようと跳ねるが、指の隙間をすり抜ける。
そのミスをカバーするようにどらこちゃんも手を伸ばすが、既にその指先が届かない位置まで上がってしまっていた。
「ちょっと・・・・・・!」
これは何、と怒気を孕んだ瞳でさくらがスバルを睨む。
「ほい」
そのさくらの手のひらを、スバルは軽い調子で叩いた。
その衝撃で、さくらの手からも球が溢れる。
同じようにそれは重力に逆らって昇っていった。
「何すんのよ!」
さくらが叩かれた手をさするようにしながら、さらにスバルを睨む。
「悪かったよ。もう叩かない」
「そうじゃなくて!」
スバルがさくらの怒声に顔をしかめる。
しかしその声を受け流すようにして、今度はこちら側に向かって来た。
「きらら!」
腕の中のゴローが警戒するように叫ぶ。
私もスバルの接近に思わず後ずさった。
再び、定規を取り出すべきか悩む。
何が起きているのかよく分かっていないが、ここで剣を作ったにしても球と同じように浮かび上がってしまうような気がした。
「な、なにさ・・・・・・」
「別にぃ」
スバルの意地悪な笑みにたじろぐ。
この状況を楽しんでいるようだった。
スバルが何ごとか手の中のリモコンを操作する。
今度は何が起きるかと見ていたら、リモコンの上部から金属の突起が伸び出て来た。
ニヤニヤしながらスバルが近づく。
リモコンの突起には刃物のような鋭さは無い。
スバルはその電極のような部分を私の腕に押し付け・・・・・・。
「痛っ・・・・・・!」
突然訪れた痛みに反射的に手がビクッと動く。
その痛みには覚えがあった。
静電気ってやつと同じ痛みだ。
その弾けるような痛みに弾かれた腕は、抱えていたゴローを解放する。
「な、何ニャ・・・・・・!?」
まさかとは思ったが、どうやらゴローも浮かび上がってしまうようだった。
いつも浮いていることは浮いているが、しかし明らかに浮き方が違う。
釣り針を引っ掛けられた魚みたいになす術無いようだった。
「ゴロー・・・・・・!」
瞬間的な痛みから立ち直って、すぐに叫ぶ。
手も伸ばす。
ゴローからも伸ばす。
しかしそれが触れ合うことは無かった。
最後の一人、と言った様子でスバルはどらこちゃんの元へ向かう。
どらこちゃんも今までの様子を見ていたので、当然近づかれまいと後退する。
何度も球を武器に変えようとしているようだったけど、上手くいっている様子は無い。
そして・・・・・・。
「あだっ・・・・・・!」
どらこちゃんの声と共に、その球も手を離れる。
スバルはどらこちゃんの元に辿り着いてはいない。
じゃあ何故・・・・・・と、どらこちゃんの背後を見れば二人の人影があった。
そのどちらも見覚えがある。
「ユノ・・・・・・!」
ノワールが来訪者の名前を叫ぶ。
今にも掴みかかりそうな勢いだった。
私は私で、もう一人の人影の方に驚く。
「・・・・・・ミラクル?」
テレビの画面の向こう側の住人が、私の目の前に存在していた。
「あ、もしかしてファンだった? 後でサインでもあげようか?」
ニコリとアイドルらしく人当たりのいい笑みを浮かべる。
その人差し指には、どらこちゃんを攻撃したと思われる青白い電撃の残滓がパチパチ音を立てていた。
スバルが注目を集めるように、少し大きな声で話し出す。
「さて、役者も揃ったことだし説明しよう」
そう言って、私たちの視線を誘導するように上を向く。
見ると、ボタンを押したときに現れたガラス張りの球体の中に球とゴローが閉じ込められていた。
恐らくパイプを経由してあの中に封じられたのだろう。
「アレはゴミ箱兼ひとじ・・・・・・猫質だ。キラキラ粒子の影響を受けたものを吸い寄せるように出来ている。ここは僕の遊び場だ。だからここでのルールに従ってもらう。つまり持ち込み禁止だ」
「な・・・・・・」
スバルの喋る内容に、言葉が詰まる。
いや、息も止まっていた。
「もちろん超能力無しで阿吽と戦ってもらうなんて無茶苦茶だからあの水槽の中では道具は自由に使えるよ。大切なぬいぐるみを救出出来るのは君だけってわけだ」
スバルの鋭い視線が、私に向く。
その視線に刺されて、やっと呼吸の仕方を体が思い出した。
入り口はこちら、とスバルが水槽を叩く。
継ぎ目のなかったはずの局面が、当然のようにぱかりと開いた。
そこから漏れ出す淀むような光に、横顔を濡らされる。
目が乾いていくのを、如実に感じた。
続きます。