秘密基地侵攻(15)
続きです。
巨大な水槽を眺めていると、その存在感に押しつぶされるような感覚を覚える。
既に見慣れてしまっていたけれど、今まで通ってきた道だって本来とんでもないもののはずだ。
しかし、そんなことを軽々と吹き飛ばしてしまう程の強烈なものがこの部屋にはあった。
まず何と言ってもとにかく巨大だ。
天井の方では何やらパイプのようなものが臓物のように絡み合っているが、その詳細はよく分からない。
ただでさえ馬鹿みたいに広い部屋なのに、そのスペースのほとんどを水槽が占めているのだから驚きだ。
「君たちに少し説明してやろう」
その声と一緒に、背後から足音がやってくる。
その少女の表情は薄い笑みに満ちていた。
「あなたは・・・・・・?」
たぶんこれらのものを作り出したのはこの人で間違い無い。
こんな施設を作るのは、おそらく大人にだって難しい。
そもそも現代の技術でコレを作り上げられるのかすら疑問だ。
普通ではないのだ。
ほぼ間違いなく、超能力が絡んでいる。
であれば、この施設の建設者が子供であることの方がむしろ自然なことだった。
「・・・・・・ふん。そう言えば自己紹介がまだだったね」
そう言って少女は一人納得したように頷く。
私たちは誰もそれに割り込むことなく続きを待った。
「君たちも一方的に知られているのは気持ちが悪いだろうから・・・・・・まぁ必要はないんだけど一応ね。僕はスバル。この秘密基地の建設者だ」
そう言って少女・・・・・・スバルは見惚れるようにこの部屋を見回しながら、水槽の周りを回るようにゆっくり歩き出す。
手招きされたわけでもないが、私たちも自然その後に続いた。
複数の足音が乱れるように重なる。
そうやって私たちに施設の見学をさせながら、聞いてもいないのにスバルは説明を始めた。
たぶんお節介だとかそういう類のものではない。
本人が話したくて仕方ないのだろう。
「まず、君たちも気になって仕方がないようだからこの・・・・・・なんだ? 水槽? について説明してあげよう」
そう言ってスバルはノックするようにガラスの曲面をコツコツ叩いた。
「あんた自身呼び名に困ってるのね・・・・・・」
「まぁいいさ。名前を付けるのは好きだからじきに呼び名を決めるよ」
さくらの小声にそう答える。
「聞こえてたの・・・・・・」とさくらがまた小さな声で溢すと、それに合わせて「聞こえてたよ」とスバルは小声で囁いた。
さくらがあからさまに「こいつ苦手」という顔をする。
そんな誰かの表情の変化なんて気にする様子もなくスバルは説明を始めた。
「この水槽はね、言ってしまえばステージだよ。そう・・・・・・君のね」
そこでスバルの瞳がきろりと私に向く。
「私・・・・・・?」
自分の顔を指差して確認を取ると、スバルは「ああ」と首肯した。
「君に踊ってもらうんだよ。あの中にいるロボットとね。趣味でアイドルの・・・・・・あ、いやこれはいいか・・・・・・。まぁとにかく、踊りの指導は得意なんだ」
「踊るって・・・・・・踊る・・・・・・?」
言葉通りの意味なのか尋ねる。
「だと思う・・・・・・?」
スバルは間を開けず答えた。
その答え方は疑問系ではあったけど、間違いなく答えだった。
「そんなの、きららが入らなかったら関係ないだろ?」
どらこちゃんが頭の後ろで手を組んで水槽を見上げて言う。
それにスバルは「心配ご無用、必ず入るからね」ときっぱり答えた。
そんなことを言われたら意地でも入ってやるものかと思ってしまうが、一体どうやって私を放り込むつもりなのか。
案外巨大なロボットアームにつままれてポイっとされる直接的なやり方かもしれない。
「この水槽にはちょっとした仕掛けがあってね。まぁそれは入ってからのお楽し・・・・・・ああ、もう見れば分かっちゃうか・・・・・・」
スバルが水槽の説明をしながら勝手に一人残念そうにする。
この水槽の仕掛けということだが、特に眺めていてもピンとくるものはなかった。
或いは入ってみれば・・・・・・。
「おっと」
わざと声に出して自分の思考を遮る。
ロボットにつままれるまでも無く、私は容易く揺れてしまっていた。
隣を歩くさくらが突然の独り言に怪訝そうな瞳でこちらを覗くが、気づかないフリでやり過ごした。
「それで、じゃああのロボットは?」
水槽の仕掛けから注意を逸らすつもりで、興味の対象を切り替える。
私の質問に、スバルは丁度ロボットの正面に来る位置で足を止めた。
「これが気になるかい?」
そう言いながら、スバルは水槽の中に浮いているロボットを見上げる。
その視線の動きをなぞるように私も見上げた。
そのロボットの影が顔にかかることで、この水槽の仕掛けについて一つ心当たりが出来る。
この部屋に入ってから、ロボットが浮いているのを不思議だ不思議だとばかり思っていたけれど、それがこの水槽の仕掛けなのかもしれない。
だからつまり・・・・・・内側が無重力、ということになるのだろうか。
スバルは水色の方のロボットのつま先から頭部までを何かを確認するみたいに眺めた後、説明を開始する。
「これは阿形と吽形。どっちがどっちかは、まぁたぶん分かるよね。もちろんどちらも僕が作ったよ。あの手に持ってる武器は断牙。断つ牙と書いて断牙だ。骨みたいな材質で、いかにも脆そうに見えるし、切れ味も悪そうに見えるかもしれない。けど、その印象は全てが間違いだと言っておくよ。形がまるで岩石からむりくり削り出したみたいに荒いのは、この素材が丈夫すぎて今の僕では加工が難しいからさ」
ご丁寧にロボットだけでなく武器の説明もしてくれる。
スバルが言ったように、確かに武器の形状はなんだか荒々しく原始的な印象を与える。
少なくともロボットが持つものとしては似つかわしくないように見えた。
「肝心のロボットに関する説明が少ないじゃない!」
さくらの声が広い空間に反響する。
どこもかしこも金属の壁だと、足音といい声といい、どういうわけだかよく響く。
さくらの発言でさっきのスバルの説明を振り返るが、確かに言われてみればそんな気もした。
名前以外の説明がたぶん無い。
「まぁあれについては見た目以上の機能はないからね。人の形をしていて、人のように動く。ね? 説明要らないでしょ。細かい説明をしてもたぶん普通の小学生にはよく分からないだろうしさ」
その言葉には私たちを見下しているような雰囲気も、馬鹿にしているような雰囲気も無い。
たぶん本当に話を聞いても分からないのだろう。
「それじゃあ・・・・・・あの、弱点とかありますか・・・・・・?」
みこちゃんが、列の後ろの方で控えめに手を上げる。
スバルはそれに愉快そうに笑った。
「面白いこと言うね」
「す、すみません・・・・・・」
「いやいや、確かに大切なことだよ。戦うわけだしね。まぁ強いて言えば弱点は想定外かな。僕が思いつく弱点は大体排除した。だから僕が思いつかなかったことが弱点だよ」
それはつまり弱点が無いということに等しかった。
私がどれだけ頭を捻ろうと、こんなものを作り出せる頭脳を超えられるわけがない。
「そんな顔しないで。実際に超能力には想像を超えられてばかりだ。言いようによっちゃ、超能力者が弱点とも言えるから、むしろ君は有利かもしれないよ? ともかく、最初から諦めてかかるというのはダメだ。どれだけ相手が完璧に見えても、どうにかそいつに恥かかせてやろうって考える。そう、考えることだ。考えないと、想像力は容易く腐ってしまうよ」
なんだか私の諦観が顔に出ていたようで、敵に励まされてしまう。
ちゃっかり完璧を自称してもいる。
なんというか「ああ、この人がこの基地を作り上げたんだな」と深く納得出来た。
続きます。