草陰の虚像(8)
続きです。
「......というわけで教えてください」
休み時間。
どらこちゃんの前の席を借りて座る。
ゴローは私のランドセルの中で昼寝中だ。
背もたれに腕を乗せて、ずいと顔を寄せる。
「速く走る方法つってもなぁ......」
どらこちゃんは頭の後ろで手を組んで、難しい表情だ。
隣の席から椅子を引きずって、みこちゃんもやって来る。
「なんの話ですか?」
こういう風景を見ると、私も学校に馴染めてきたなぁとしみじみ思うのだった。
後から来たみこちゃんにどらこちゃんが説明する。
「速く走る方法が知りたいんだってさ」
「速く走る方法......?」
みこちゃんが首を傾げる。
「さくらにぼろ負けしたのが悔しかったんだと......」
「......まぁ、そういう......こと......」
あまり認めたくはないので、少しきまりが悪い。
頰を掻いて目をそらす。
「......まぁ、遅かった......ですもんね......」
少し遠慮がちに言うみこちゃんの気遣いに余計恥ずかしくなった。
腕を組んで、どらこちゃんが言う。
「まぁ......とりあえず一回見てみないとなんとも......」
「実際に走ってみろってこと?」
「まぁ......そう」
となると......。
教室の正面、黒板の上にある時計に視線を送る。
時間はまだありそうだ。
「行くか......!」
正直めんどくさいと思う自分もいるが、どらこちゃんのその言葉に退路を断たれる。
みこちゃんもその言葉を聞いて席を立った。
「えっと......じゃあ、よろしく......?」
いまいちどんな顔をすればいいか分からなくて、曖昧に頰を掻く。
今日は体操服も持ってきていないし、そもそもわざわざ着替えるのも面倒なのでそのままの服だ。
三人で階段を駆け下りて、昇降口へ向かう。
上履きから履き替え、一輪車の横を通ってグラウンドに出る。
照りつける日差しに、こんな日に運動しようだなんてどうかしてると思った。
どらこちゃんも、その日差しに顔をしかめる。
「暑いな......」
「暑いですね......」
男子はグラウンドの中央でサッカーをしているが、とても正気の沙汰とは思えない。
「ひとまず日陰に......」
グラウンドの端の方に背の高い木が生えている。
そちら側を指差して言う。
「そうだな......」
木の幹に寄りかかって腰を下ろす。
みこちゃんは汚れがつくのが気になるのか、しゃがんだだけだった。
「いや......何座ってんだよ」
私の横であぐらをかくどらこちゃんが、あっち行けとあごを動かす。
そのあごが指すのは目の前の競争路だ。
「頑張ってください......!」
みこちゃんがサムズアップをする。
この流れで走るのか......。
二人は完全に観客としての立ち位置にすっかり収まってしまっている。
「なんか......この感じ、すごい走りづらいんだけど......」
「まぁ......頑張れ!」
この夏一番の爽やかな笑顔だった。
続きます。