秘密基地侵攻(9)
続きです。
あれからどれくらい経ったか、まだ目的地には辿り着かない。
もう数え切れない程の曲がり角を通り、いくつもの自動扉を潜った。
だけれどその度に似たような通路が伸びているのを見つけるだけ。
目的地はおろか、現在地も見失っていた。
「ねぇ、ちょっとノワール・・・・・・どうすんのよ・・・・・・?」
さくらが辺りの景色を見渡しながら尋ねる。
目的地に辿り着くことも、帰ることも今はもう難しい。
もしかしたら同じ道を何度も繰り返しぐるぐる回っているだけかもしれないのだ。
「そ、そうだな・・・・・・」
ノワールは動揺を隠しもしない。
隠す余裕も無いと言った方が適切か・・・・・・。
ついさっきまで完璧な仕事をこなしているつもりだったわけだし、焦るのも当然だ。
「ゴロー・・・・・・どうすればいいと思う? これじゃいつまで経ってもどこにも辿り着けないよ・・・・・・」
肉体的な疲労は薄いが、いつまで経ってもここから先が見えないことに疲れる。
だからため息混じりにゴローに弱音を吐いた。
「そうだニャ・・・・・・。迷路だったら壁に手を当ててなんて言うのが有名だけど・・・・・・」
「こう・・・・・・?」
さっき私がやってたやつじゃんと思って、壁に手を当てる。
金属の冷たい感触が、手のひらに張り付いた。
歩くペースに合わせてネジの感触が手のひらを這う。
「そうニャ。だけどこの方法で目的地に辿り着くには、入り口から出口までの壁が切れ目なく繋がっている必要があるニャ。こんな基地を作れる人が、その手段が通用する構造にしているとは思えないニャ」
「え、じゃあダメなの・・・・・・?」
壁から手を離す。
まだ手のひらの中に冷たさが残っていた。
「まぁ実際試してみないことには構造を俯瞰で見下ろすことが出来ないから分からないニャ。ただこの方法は時間がかかるし、上手くいかなかった場合は・・・・・・ね?」
「そっか」
どうにも思ったより難しい状況みたいだった。
私たちの足は進み続けるが、状況は停滞している。
ちゃんと意味を持った前進をするためには少し考えなくちゃならない。
「ていうか・・・・・・どうして私たちをこうして迷わせておくんでしょうか? カメラも付いてますし、相手はいつでも襲撃できるわけですよね・・・・・・」
いつの間にかどらこちゃんの背中から降りていたみこちゃんが呟く。
流石にいつまでも乗っているつもりじゃなかったみたいだ。
「相手も迷ってる・・・・・・とか?」
「あんたじゃないんだから・・・・・・」
冗談混じりに言うと、さくらに呆れられてしまった。
私だって本気でそんなこと思ってない。あんまり。
「さくらひどい」
「今に始まったことじゃないでしょ?」
そこで言い返せなくて、負けを感じる。
遅れて、それで黙らせるのは実質さくらの負けではないかなどとくだらない考えが浮かび、すぐに消えた。
今はそんなことをしているときではないのだ。
とにかく打開策を・・・・・・。
「あ、そうじゃん」
何のために持ってきたんだと、背中のリュックの存在を思い出す。
この中のものは全て・・・・・・なんなら水筒ですら武器のつもりで持って来た。
その前提に阻害されていたが、武器である前にちゃんとした一つの役割を持った道具なのだ。
であれば何か今使えるものがあるかもしれない。
リュックを体の前に持ってきて、中身を漁る。
その横からさくらがちょっかいをかけてきた。
「あんたがペンの一つでも持って来てればドアに印がつけられたんだけどね・・・・・・」
「ペンは無いよぉ」
「知ってるわよ」
しかし、ペンはなくてもその他ガラクタは結構ある。
何より私はこの迷路の攻略法を今まさに理解した。もしかしたら私以外のみんなは既にそれは分かってた感じがするけれど。
要は一度通った扉が分かれば良いのだ。
ドアの数が無限じゃない以上、全てのドアに総当たりすれば最終的には辿り着く。
まぁその方法が無いから困っているわけだけど。
印、印・・・・・・と、何かマークをつけられそうなものが無いかとリュックを覗く。
そして一つのとても簡単な方法に辿り着いた。
私たちは決してお行儀の良いお客さんじゃないのだ。
だから多少の乱暴も許される・・・・・・よね?
「印がつけばいいんでしょ?」
手に取るのはいつもの定規。
ドアなんて壊して仕舞えばいいのだ。
「そうだけど・・・・・・どうするつもりなのよ?」
「まぁまぁまぁ・・・・・・」
勿体ぶりながら、リュックから腕を引き抜く。
握った定規に、鋭い剣のイメージを重ねる。
そうすればあっという間に・・・・・・。
「なるほどな」
私の手に握られた剣を見て、どらこちゃんが頷く。
そしてどらこちゃんもポケットから球を取り出した。
さくらもそれを見て察する。
「えぇ・・・・・・それ、いいの・・・・・・?」
「まぁ、敵だし・・・・・・いいんじゃないかニャ?」
その言葉にゴローが曖昧に答えた。
「何だい君達・・・・・・急に・・・・・・」
動き出した私たちに、前を歩くノワールが首を傾げる。
「まぁ、見てなって・・・・・・!」
そのノワールを追い越して、今視界に収まる中で一番近くのドアに向かって駆けた。
私のその姿を検知して、自動扉が駆動音と共に口を開ける。
その金属製の厚い扉が開き切る前に、多少の勿体無さを感じながらズガーンと剣を振り下ろした。
刃の先端は鉄板を破って、扉に食い込む。
破損部からは血液の代わりに青白い電気と火花が散った。
壊れた後も尚扉は開こうと鈍く動く。
しかし剣を引き抜けば、内側から配線を垂らして何かに干渉したみたいにその動きを止めた。
「どーよ・・・・・・!」
中途半端に開いた扉を蹴って、みんなの方に振り向く。
背後で扉に内蔵されたモーターが空回りする音が聞こえた。
「なんか・・・・・・頭わる」
「まぁいいじゃねーか」
呆れるさくらの肩をどらこちゃんが叩く。
その手のひらは既に黄金の籠手に包まれている。
準備万端だ。
みこちゃんもこちらを見て控えめに拍手を送ってくれる。
それを受け止めていると、ノワールが小走りで私の元にやって来た。
「またずいぶん派手なことを・・・・・・」
そう言って壊れた扉を興味深そうに眺めていた。
「感謝してよね」
その横顔にドヤって、少し威張った。
「頭悪い・・・・・・けど、ストレス解消にはなりそうね」
さくらは呆れながらも特に反対するつもりもないらしく、自分の球を用意する。
何回か練習したのか、既に実践運用したどらこちゃんと同じくらいスムーズにその球を漆黒の短剣に変えた。
ストレス解消。
なるほど確かに破壊というのは気持ちいい。
などと対してストレスなんか無いのに軽率に破壊衝動に目覚めて、剣を握り直す。
「れっつ破壊活動・・・・・・にゃ!」
ゴローの口調を真似て、その剣を掲げるように突き上げた。
続きます。