秘密基地侵攻(4)
続きです。
玄関から足を踏み出すと、さっそくのしかかる暑い空気に辟易する。
しかし案外冷えた汗にはこれくらいの気温が丁度いい・・・・・・なんてことはなく、ダブルで不快だった。
「て、あれ?ノワールじゃん」
扉を開いたすぐのところ、日差しから逃げるようにみこちゃんの家の壁に寄りかかっていた。
当然のように居た。
その恨めしそうな表情から少し待っていたであろう様子が窺える。
みんなもぞろぞろ出てきては、フードを被ったまま暑さに顔を顰めているノワールに言葉をかけた。
「来てたんですか!?」
みこちゃんは驚くようにして、ノワールの顔を覗く。
「お、悪い。待たせたか・・・・・・?」
「てか来てたならインターホン鳴らしなさいよね・・・・・・」
どらこちゃんとさくらはそのいかにも暑そうな姿に「うへぇ」と表情を歪めていた。
「まぁ、遅れた・・・・・・遅れた?」
そこまで言ってノワールが首を捻る。
「いや、遅れてはいない。遅れてはいないが、遅かったのは私だ。待たなければならない理由がある」
そうやってきっぱりと言い切る。
そのこだわりは日差しの熱を前にしても歪まなかったようだ。
「入ってくればいいのに・・・・・・」
「呼べばいいのにニャ・・・・・・」
そんなこだわりとは無縁の私たちは素直にそう評する。
「まぁぶっちゃけ無駄ね」
さくらはより冷たく評価した。
この暑さの下だからもしかしたら心地よいかもしれない。
さっきの私の思考に則って考えればそんなことないけど。
「ていうかあんた・・・・・・遠慮とかそういうアレあったのね」
「私をなんだと思っているんだ・・・・・・」
ノワールがさくらの言葉にため息を吐く。
やれやれと手を横に広げて、結構わざとらしかった。
「まぁまぁ・・・・・・無駄話はいいから、行くんなら行こうぜ?あちーし」
どらこちゃんが空をチラッと見上げて、さっそくとばかりに話を切り出す。
「でも大丈夫ですか・・・・・・?ちょっと涼んでからとか・・・・・・」
ノワールはみこちゃんの言葉を手で制して、ゆっくりと家の壁から離れた。
やたら前のめりというか、猫背で。
その足取りは正確というか、整っていて、まぁ格好付けてるなという感じだった。
ノワールが私たちに背を向けて、そして足を揃える。
私たちはそれに首を傾げながらも、なんとなく見守った。
遅れて、ノワールが口を開く。
「その必要はないさ・・・・・・」
そこでこちらに顔だけ振り向く。
ニヤリと笑って、そしてまた顔を戻す。
「行こう。今すぐにでも」
ポケットに手を突っ込んで、静かにそう言い放った。
「・・・・・・・・・・・・」
「どうした・・・・・・?」
「いや・・・・・・それだけのことなのに変に溜めないでほしい・・・・・・」
なんならみこちゃんの言葉を遮った時点で言ってもらって構わない。
というかそれでお願いしたい。
「ふん・・・・・・」
対するノワールは鼻で笑って答えた。
意味わかんないし、訳わかんないし、たぶん実際に意味無いんだと思う。
そういう人だ。
「まぁ・・・・・・あんたが行くって言うなら行くわよ」
「ほんとに大丈夫ですか・・・・・・?」
「大丈夫だ。基地内には冷房もある」
「まじか・・・・・・」
とのことだった。
なら尚更さっきの溜めも格好付かない。
ともかく大丈夫なら気にすることもないだろう。
行き先を知っているのはノワールだけ。
だから自然と私たちのつま先もそちらに向く。
ノワールに呼ばれたわけでもないが、その周囲に集まった。
「で、どう行くのよ?どっち?」
さくらがノワールの横顔を見る。
その後「左?右?」と近くを走る道を指さした。
それにノワールは余裕たっぷりに答える。
「私から離れないでくれたまえよ」
結局右左どちらかは答えないまま、またニヤリと笑う。
「・・・・・・?」
で、結局どこ行くんだいとみんなで眉根を寄せる。
ノワールは構わず、ポケットから抜いた左腕を頭の高さまで持ち上げた。
「すぐに分かる」
そう言って、不敵な笑みのまま指を鳴らした。
「うぉ・・・・・・なんだ?」
その瞬間、風のようなものが発生してどらこちゃんの結わえた髪を揺らす。
私は突然の風に驚いて、思わず目を細めた。
「なんですか?何が・・・・・・」
「何よコレ・・・・・・」
狭まった視界に映る世界が、歪む。
水に絵の具が溶けるみたいに、ぐにゃりと曲がっていった。
「大丈夫なやつかニャ・・・・・・?」
耳に届く声が、音が籠る。
水中みたいに音が遠い。
歪みは黒に染まり、植物が成長するように広がり太陽すら隠す。
捻れて、混ざって、黒一色に染まる。
自分たちがどこに立っているのか、何に立っているのか分からなくなる。
確かなものは黒の中で同じく私のように困惑するみんなの姿だけだ。
ノワールだけその中で指を鳴らしたときの姿勢のままでいる。
ほんの数秒程度の時間。
だけれど知らない現象を前にして、情報は渋滞していた。
これは何?
もしかして罠?
攻撃・・・・・・?
そんなことすら考えたが、すぐにそうではなかったと分かった。
黒を光が突き刺さるように引き裂く。
布が糸になってバラけるみたいに黒が散る。
気がつけば、見たことのない景色の中に立っていた。
「ここは・・・・・・?」
どらこちゃんの声が耳に届く。
その間も、私の目は知らない景色の上を滑る。
辺りに人の気配が全く無い。
住居や田んぼなども無ければ、そもそも道路すら無い。
田舎とかそう言うレベルではなく、何も無い。
目の前に佇む山以外は。
「ここは・・・・・・?」
足元の草の生えていない土を踏みながら、どらこちゃんと同じ言葉を重ねる。
「人目につかない場所にしたかったから、人の居ない場所を選んだって訳だ」
風に揺れる木の葉を見上げて、ノワールが言う。
「ようこそ。ここが秘密基地だ」
「え・・・・・・」
人工物が見当たらない。
あるのは山だけ。
やたら空気が綺麗で、時折風が鳥の声を運んでくるだけ。
だけ。
目の前の、大して高くも無いが木だけはたくさん生えてる山を指してノワールに向く。
「秘密・・・・・・基地・・・・・・?」
「秘密基地」
聞き間違いではなさそうだ。
ここが、この学校の裏山と大差ないようなこの山が・・・・・・。
「秘密基地・・・・・・」
開いた口が塞がらない。
さくらが塞ごうと顎を押してくれたからちょっと抗った。
そのさくらも思考停止してもはや無表情。
みこちゃんは不安そうにみんなの表情を確認し、ゴローは宇宙猫と化していた。
どらこちゃんは辺りを興味深そうにキョロキョロ見渡している。
「さ、行こうか」
そんな私たちを置き去りにするように、ノワールは平然とそう言った。
続きます。