秘密基地侵攻(2)
続きです。
集合場所は特に深い考えもなくみこちゃんの家になった。
この間もそこに来ていたし、たぶんその惰性だ。
自転車に乗って行ってもよかったのだけれど、みこちゃんの家には歩いて向かう。
これまた深い意味は無く、自転車が庭の奥まったところに放置されているから持ち出すのが億劫だっただけだ。
もうずっと乗っていないし、もしかしたらもうすっかり錆び付いてしまっているかもしれない。
私自身が乗れなくなっている可能性も・・・・・・否定はしきれない。
ともかく、貰い物のリュックを背負って、照りつける日光の下をゴローと共に歩いていた。
その眩しい陽の光に、首がジリジリと焼かれる。
時折風も吹くが、肌を撫でるそれすらも蒸し暑くてとても心地よいものではなかった。
でこぼこのアスファルトをじゃりじゃり踏みながら進む。
被った帽子を、なんとなく脱いだり、また被ったり。
決して急いでいるわけでもないのに、背中には既にうっすら汗が浮かんでいた。
「考えてみればさぁ、ゴロー?」
「何ニャ?」
歩調は乱さず、進行方向を見つめたまま退屈しのぎに話しかける。
「みこちゃん家って、学校より遠いよね・・・・・・たぶん」
まぁそこまで大袈裟に違うというわけでもないが、たぶんそのはずだ。
というかそもそも学校まででもそれなりに距離があるわけで、ならばその距離を歩いて行くのはいかがなものかと・・・・・・。
私の言葉に、ゴローが呆れる。
まぁもっともだと思った。
「自転車を置いて来たのはキミニャ・・・・・・。今更そんなこと言ったって・・・・・・じゃあ自転車を取りに戻るかい?」
「いや、それは・・・・・・」
そんなこともう言わせないぞと、少しペースを上げる。
ゴローはふよふよ飛んでればいいから、とても楽そうだ。
家の庭にある自転車との距離を広げるように、小走りでみこちゃんの家を目指した。
みこちゃんの家に到着する頃には、もうほとんど走っていて、秘密基地に辿り着く前に既に汗だくだ。
「はぁ、はぁ・・・・・・コイツ、バカニャ!なんで走るかなぁ・・・・・・この暑いのに・・・・・・」
膝に手をついて地面に汗を垂らす私の横で、ゴローが喚いた。
いやお前疲れるんかい。
「確かにバカね・・・・・・」
そんな私とゴローを見て、みこちゃん家の玄関から出てきたさくらが歩み寄ってくる。
その目は時々チラチラと私の背中のリュックに吸い寄せられていた。
「うっ、さい・・・・・・なぁ・・・・・・」
息を切らしながら、リュックを貰った恩義も何もなく文句を言う。
そうしていると、さくらに続くようにみこちゃんとどらこちゃんも家から出てきた。
「お疲れ様です」
「いや、今から疲れられてたら困るんだけどな」
「まったくね」
散々言われながらも持ち直す。
早速リュックを開いて水筒を抜き出し、がぶ飲みした。
そして少しむせる。
口元を拭って、みんなの顔を確認した。
みんなもすっかりそのつもりらしく、動きやすい格好をしている。
どらこちゃんに至ってはもはや体操服だ。
「えっと・・・・・・全員集合?」
いつもの面子はすっかり揃っている。
というかなんだかいつも最後じゃないか、私?
遅れたわけでもないが勝手に申し訳なさを感じた。
しかし、ゴローが辺りを見渡して私の言葉を否定する。
「いや、まだニャ」
「そう、まだね。・・・・・・てか、いつ来るのよ・・・・・・?ちょっと早めに来るって打ち合わせの時言ってたわよね?」
さくらもゴローに同調して、額に手を当てて大袈裟に息を吐いていた。
それで、ああそうか、と思い出す。
今回の作戦の言い出しっぺ、ノワールの姿がまだ無いのだ。
普段からの仲間じゃないから、すっかり揃っている気になってしまっていた。
「そかそか、そだね」
これから重要な作戦があるというのに、特に緊張もなくリュックに水筒を戻す。
リュックを背負い直すとチャポンと音がした。
「えっと・・・・・・」
しばらくそうしているが、ノワールは姿を現さない。
だがそこは実はあまり気にしていなくて、今一番どうにかしたいのはこの暑さと汗だった。
だから少し我儘になる。
「とりあえず集合時間になるまでは部屋に居ない?クーラー点けて。あと、クーラー点けて」
こんな炎天下にいる必要ないんやぞ、と念を押すようににど繰り返す。
遅れて自分の欲望が滲んだだけだと気づいた。
「なんで二回も言うのよ・・・・・・。まぁ、でも・・・・・・確かに・・・・・・」
さくらが手でひさしを作って空を見上げる。
それに釣られてか、ゴローも上を見た。
「まぁ確かにこんなとこで突っ立ってんのもバカバカしいわな」
「暑いですもんね」
どらこちゃんもみこちゃんも、目を細めて笑う。
どうやらみんなの中も同じ欲望が支配しているようだった。
「じゃあ、一旦戻りましょうか」
みこちゃんがそう言いながらも、玄関に向けて歩き出す。
私たちはその後ろ姿に縋るように、ゾンビみたいにのろのろ着いて行った。
「あんた、そのリュック何入れて来たの?」
「色々」
さくらに肩を叩かれるが、それは部屋の中で説明すればいいだろうと今は投げる。
さくらは私の体が想像以上に汗ばんでいたようで「うわ、汗かきすぎ」と言いながら私の短パンで手を拭いていた。
暑さから逃げるように、逆に冷気に誘われるように、家に吸い込まれて行く。
夏の日差しが、少し遠のいた。
完全に寝坊だった。
連日の下調べの基地潜入が結構響いたのかもしれない。
気を取り直して、時計を確認する。
まだ指定時間前だ。
早めに行くとか言った気もするが、気のせいということにしておいた。
寝癖を整えて、整え・・・・・・整わずに諦める。
とりあえず眼帯だけ先に着けて、そのゴムで頬を弾いて残る眠気を振り払った。
それだけやって眼帯は一旦外す。
いくつかの工程をすっ飛ばして、朝食を取りに向かった。
どれだけ時間がなくとも、朝食は外せないタイプなのだ。
ブランは逆に朝食摂らない勢なので、見ていて心配になる。
それに関しては入院中は食わされるだろうから今は安心だった。
冷蔵庫を開けて、我が公僕(母)の用意した朝食を手に取る。
『今日は暑いから冷たいままでも食べられるものにしておいたよ。あ、あっためるならレンジで一分で大丈夫だよ!!』と、ラップの上にメモ書きが置かれていた。
「ふん、よろしい」
相変わらずの腑抜けた言葉遣いが引っかかるが、ありがたく頂戴する。
箸を持って、テーブルに向かった。
続きます。