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きらきら・ウォーゲーム  作者: 空空 空
きらきら・ウォーゲーム
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台風一過(11)

続きです。

 窓から差し込む陽の光に目を細める。

台風であわや停電なんて焦っていたのが嘘のように晴れやかだった。

しかし、気分はあまり晴れない。


「あぁ、遂にか・・・・・・」


「まぁ私もまた会いに来るからさ。葉月程じゃないかもだけど・・・・・・」


 そもそも前までだったら見舞いも両親しか来なかったのだ。

しかし一度仲の良い友人を得て、その味をしめてしまったらもう戻れない。

いつの間にか仲間の退院を素直に喜べなくなっていた。


「私は・・・・・・そんなに来てるかな?」


 葉月がココの言葉に、とぼけるように頰を掻く。

その肌は病院に籠っている私の肌と違って、少し日に焼けている。

満喫しているようだ。

それを見ると自分の生白い肌がひ弱に感じて、ため息が溢れた。


「ココは・・・・・・退院したら何かしたいこととかあるのかい?」


 私だったら、そうだな・・・・・・。

なんて、空想の中の自分はいつも健康的だ。


「そうだなぁ・・・・・・」


 ココが私の質問に頭を悩ませる。

その表情は楽しげで、それを見てると「ああ、よかったな」と思えるのだった。


「うーん・・・・・・」


 ココからなかなか答えが出てこない。

そんなに悩むことだろうか、とも思うが、考えてみればココや葉月は退院するのが当然の結末で、だからそういう欲望も薄かったのかもしれない。


 しばらく悩んで、ココは何故か恥ずかしそうに笑いながら告げる。


「そうだね。ちょっとさっき、懐かしい出会いがあって、それで会いたい人を思い出したかな。だから、まぁ・・・・・・会いたい、その人に会うってことで!」


「会いたい人、かぁ・・・・・・」


 その表情の通り、思ったより恥ずかしい内容で面食らう。

その表情からして、ただの友人の話というわけではないだろう。

つまりその、いわゆる特別な相手というわけだ。

色恋沙汰は慣れてなくて、なんと言ったものか分からない。


「あれ?エリク?頭おかしくなった?・・・・・・元々か」


 動きがぎこちない私を、ココが辛辣に評価し笑う。

しかしその無遠慮な物言いのおかげで、なんとか平常運転に戻れそうだった。


「まったく、相変わらず失礼なやつだ」


 ため息を吐いて、首を横に振る。

ココはそれに笑いながら続けた。


「エリクは面白いからね」


「えっ・・・・・・?」


 完全に予想の外側からの言葉に、思わず聞き返す。

そんなこと言われたことないし、何よりそれをココが言うというのが驚きだった。

いや、でも・・・・・・根は素直な様だし、ココに関してはそんなものなのかもしれない。


「葉月もそう思うよね?」


 ココが葉月にまで同意を求める。

こっちとしてはやめてくれよという気持ちが大きいが、その反面答えも気になっていた。


「葉月・・・・・・?」


 しかし葉月から返事は返ってこない。

ココが言葉を重ねると、その肩がびくりと跳ねた。


「ん?あれ?・・・・・・あ、ごめん。なんの話だったっけ?」


「なんだ珍しいな。どうしたんだ・・・・・・?」


 葉月は結構しっかりしていて、普段あまりボーっとしているようなことはないのだが・・・・・・今はどうやら少し上の空だったようだ。


「や、大丈夫。ちょっと最近寝不足でさ」


「何なに、どーしたの・・・・・・?」


 ココがさっきまでの話題を投げ出して葉月に尋ねる。

葉月はそれに軽く笑って、何かを振り払うように首を振った。


「何でもないよ。ただ、何・・・・・・?入院してた分の勉強が大変だなって。それだけ」


「うげ・・・・・・」


 ココが、一つ思い出したくないことを聞いてしまったようで、こちらを正しく「うげ」という表情で見る。

私を見られたって困るのだよ。


 葉月は入院中も勉強は怠らなかったが、しかしそれでも大変なのか。

ならココはもっと大変だろう。


「そうか・・・・・・そっちも大変なんだね」


 でも、とパイプ椅子に座る葉月の頭に手を乗せる。

たまには上級生らしく振る舞わないと。


「まぁ、寝るときは寝るんだよ。葉月ならまぁ・・・・・・そんなに心配無いと思うし、弟君はその背中を見て育つわけだからね」


「・・・・・・まぁ、ありがとう。エリクが心配する程じゃないよ。弟はまだ私の顔も・・・・・・いや、覚えられてるか・・・・・・」


 葉月が弟の顔を思い出して笑う。

確かにそんなに心配要らなかったかもしれない。


「いいなぁ。私も葉月みたいなお姉ちゃん欲しい・・・・・・」


 ココの羨望の眼差しに「まだまだお姉ちゃん初心者だよ」とコロコロした柔らかい声で笑った。

その笑い方に、お姉ちゃんを感じて私も弟君が少し羨ましくなった。




 鼻の奥を海の匂いがくすぐる。

昇る太陽の眩しさに、目を細めた。


 懐かしい・・・・・・と、そう思う。


 私たちは、昔は何度も来ていた公園に来ていた。

隣を歩くユノの背は、私より少し高くて、だから見上げる。

見上げたユノの顔は、手すりの向こう側に広がる海を見ていた。


 この公園は海が見えるということで、沢山の人が好んでいた。

確かに背の高いビルに囲まれた風景から抜け出せるのはいいと思う。

都会の街は、どこを向いてもすぐ何かに視線がぶつかる。

しかしこの場所は例外で、海の方を見れば向こう側に何もないのだ。

もちろん果てしない海なんて言ったって向こう側に何も無いわけじゃないけど。

でもそれが見えない。

視線を遮るものがない、何も。

だからその先に好き勝手なものを見られる。

私たちも他の沢山の人と同じようにこの場所が好きだった。


 海を見に集まったんだか、それとも近くのお洒落なお店目当てで来たんだか分からない学生達が、遠くで何事かはしゃいでいる。

それに追いやられるように、隅っこの方で釣り糸を垂らしている人もいる。

これは昔の話だけど、暗い時間になると光る棒を振り回して踊っている人もいた。

一応アイドルになった今となっては、そういう人がどういう人達なのか知っている。


「ユノ・・・・・・」


 海ばっかり見ているから、その静かな横顔に言葉を投げてぶつける。

するとユノはすぐにこちらを向いて、微笑んだ。


「久しぶりだね」


「うん・・・・・・」


 頷きながら、その柔らかな表情を噛み締める。

ユノが私に向ける表情。

私にだけ向ける表情。

この綺麗な海を眺めているときだって、こんな顔はしないのだ。


 と、そこに・・・・・・。


「やぁ、お二人さん」


 平坦な声と共に邪魔が入る。

スバルちゃんだ。

相変わらず何を聞いているんだかヘッドホンを着けている。


「何・・・・・・?」


 振り返って、用件を尋ねる。

スバルちゃんは軽い調子でそれに答えた。


「いや何・・・・・・昨日はお疲れ様って、それだけだよ。非常にいい結果が得られた」


「そう・・・・・・だね」


 正直少し思うところはある。

成果は期待以上だったかもしれないけど、実際に出た被害を考えると流石に申し訳なくなる。

なんて言っても、今更だけど。


「ああ、それともう一つ。君に紹介したい人が居るんだ」


「私に・・・・・・?」


 心当たりが無くて、スバルちゃんに聞き返す。

勿体ぶることなくスバルちゃんは答えた。


「テレビに出た君を見て憧れたんだろう。そしたら、どうも百鬼夜行の名前に目をつけたみたいでね。それでどうやって調べたんだか、僕に直接会いに来たんだ。アイドルになりたいって」


 少し、照れる。

アイドルを実感した。


「それで・・・・・・その人と会わせたいの?」


「じきにね。そいつが僕に会いに来たとき、結構見込みがありそうだったから、君にやってもらってるような『アイドル計画書』を見せたよ。そしたらあの野郎目の前で破り捨てやがった。だから採用したよ」


 何がだからなんだか。

前後が繋がってないじゃないか。


 しかし、続くスバルちゃんの言葉で納得した。


「それで君と対決するって名目で同じステージに、それも君たちにとって重要なステージに立ってもらうことにしたから、それを覚えておいてもらいたい」


 自慢じゃないが、スバルちゃんの協力もあって私もそこそこ有名だ。

自信もある。

そしてそんな私と並べて、しかも対決という趣旨だから比べられる。

そう言えば、このスバルちゃんは結構根に持つタイプだった。


「分かった」


 私はあまり意地悪なことは好きじゃないけど、スバルちゃんはやると言ったらやる人だ。

こだわりも強くて、暴走したらなかなか止めるのは難しい。


 その子にとっても、その場ではボロボロかもしれないけど、有名になるきっかけにはなるはずと自分に言い聞かせる。

計画も何も関係なくなったら、ちゃんとその子とステージに立ちたいなと思った。

叶わないとしても。


「では。邪魔したね」


 そう言って、私たちが何かを言う前に足早に立ち去る。

何を急いでいるのか分からないが、すぐに他の人達の向こう側に消えてしまった。


「アイドル、楽しいかい?」


「え・・・・・・?」


 ユノの言葉に、向き直る。

ユノは私の顔を見ると、また笑った。


 答え方に、迷う。

楽しい。

楽しい・・・・・・けど、あくまで計画の一環であって、楽しいという感情が適切かどうか分からない。

かと言って、楽しくないと答えるのも違う。


「大変だけど・・・・・・楽しいよ。憧れてたし」


 結局、正直に答える。

そうすると、ユノは穏やかな声で言った。


「そうだね。楽しいなら・・・・・・よかった」


 ああ、そっか、と思う。

私は昔からユノに「アイドルになりたい」という荒唐無稽な子供じみた夢を馬鹿正直に話していたのだった。

そしてユノがそれを否定するわけがない。


「ありがとね」


 何に対する礼なんだか、自分でもよく分からない。

でもそう言いたかったし、それが私の今の気持ちで間違いなかった。

だから、私もユノの夢のために何でもする。


「そう言えば、さ・・・・・・」


「何だい?」


「ユノ・・・・・・あれ、スバルちゃんの言ってた私たちにとって重要なステージって、たぶんアレだよね?」


「たぶんアレだね」


 ユノの声は平坦だ。

私たちの計画に深く関わる問題なのに、大丈夫なのだろうか。


「その・・・・・・いいの?」


 疑問をそのまま口にする。


「問題ないよ。それに、スバルの言っていたことが本当ならむしろ良い」


「アレ?」


「アレ」


 さっきのとは別のアレだ。

スバル曰く、そのアレの真相もじき明らかになる予定らしい。


「そっか。なら・・・・・・いいね」


 波の音に耳を傾けて、静かに二人の時間を過ごす。

そっとユノの手のひらに指を伸ばせば、何も言わずに握り返してくれた。


 海の、向こう側を見る。

お互いの、今は共通の夢を見つめて。

続きます。

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