台風一過(10)
続きです。
夏休みの宿題は終わった。
絵日記も今日より先の日付けまで全部書いてある。
「することがない・・・・・・」
急いでみこの家に向かって、きららを見送ったらまたさっさと自分の家に帰ってきていた。
宿題も終わって、人と会うこともないなら、もう本当に今日はやることがない。
だから、持て余した時間をベッドに横たわって浪費していた。
帰ってきたときシャワーで汗を流したのだが、そうしているとすぐにまた汗ばむ。
もしかしたら夏は嫌いだったかもしれない。
「きらら・・・・・・大丈夫かしら・・・・・・」
額に腕を乗せて、熱に溶かされたきららの表情を思い出す。
暑さか、それともそれ以外の何かの所為で足が落ち着かないでもぞもぞ動く。
それを嫌うように、体を起こす。
体を起こしたら、横着に携帯電話だけ取って、またベッドに戻った。
「・・・・・・」
きららに電話をしようか悩む。
悩んで、画面を見つめる。
そしてやめた。
携帯を閉じて、ベッドに放る。
心配じゃないかと言ったらまぁ嘘になるが、電話で確認する程でもない。
それに、今かけたら迷惑だろう。
「さくらぁー・・・・・・」
どこからか、パパが私を呼ぶ声がした。
「はぁ・・・・・・」
それにため息を吐く。
そしてそのため息が全部出きらないうちに、また立ち上がった。
「しょうがない・・・・・・」
たまにはパパの相手もしてあげるか・・・・・・。
ベッドから離れて、部屋を後にする。
ドアの隙間から自分の部屋を覗くようにして、パタリと閉じた。
きららちゃんの寝ていた布団を、どらこちゃんにも手伝ってもらって三人でかたす。
私が敷布団で、どらこちゃんが掛け布団その一、その二をみこが運んでいる。
「いやぁ、暑いねぇ・・・・・・」
「そうですねぇ」
布団を押し入れに運ぶくらいなんでもない仕事だ。
しかし気温の所為で汗がポツポツ浮かんで来る。
「よい、しょ・・・・・・ありがと」
押し入れに乱雑に布団を詰めた後、二人からも受け取りそれも同じように乱雑に突っ込む。
重い襖を動かしながら「次開けた時絶対落ちて来るな」と苦笑いした。
まぁおそらく次にこの押し入れを開けるのは私じゃないが・・・・・・。
最後に押し入れを手の甲で叩いて耐久確認をすると、二人に手招きして台所へ向かった。
子供たちは無頓着だから、水分は意識的に摂らせるようにしているのだ。
二人ももう慣れているので、各々グラスを手に取ってテーブルに着く。
私もピッチャーを持ってそちらに向かった。
ピッチャーの中には薄い茶色の液体。
麦茶だ。
氷が入れっぱなしになっているので、溶けた分だけ薄まっている。
容器の表面に着いた水滴が涼しげだった。
みんなのグラスに麦茶を注いでいると、みこがこちらを見上げてきた。
「そう言えば・・・・・・お父さん、まだ帰らないんですか?」
「あ、そういやいねぇよな・・・・・・」
「あぁー・・・・・・ね。まぁまだ帰らない、かなぁ・・・・・・と思うよ」
お父さんは出先であの台風にぶつかって、未だ帰れていない。
ここら辺でも結構な被害が出てるのに、ここまでの通り道の被害はもっと甚大だった。
当たり前のように家屋が倒壊して、低い地域では水害も起きている。
ニュースでは何年に一度の規模の大災害なんて言っているけれど、本当にその通りのようだった。
「そうですか・・・・・・ちょっと、心配ですね・・・・・・」
みこがグラスに注がれた麦茶を見つめるように、目線を下げる。
「連絡はついてるから大丈夫だよ。それとも何・・・・・・寂しい?」
「それは・・・・・・まぁ」
グラスの縁を突っつくように、唇が尖る。
我が娘ながらいい子に育ったものだ。
「じゃあ後で電話しようか。あ、でもあいつ携帯の電池もう切れてるか・・・・・・」
充電できてんのかな、と思考が泳ぐ。
まぁ、そんなことは分からないというのが答えだ。
ピッチャーをテーブルに置いて、私も注いだ麦茶を流し込む。
冷たい液体が流れ込む感じが心地よかった。
「さてさて、どらこちゃんの家は大丈夫だって?」
「あ、どうなんだろ・・・・・・」
「おいおい・・・・・・」
それでいいんかいと肩を小突く。
しかしどらこちゃんが何かをするまでもなく、その答えは向こう側からやって来た。
「あんた!いつまで居座ってるつもりだい!いいかげん帰るよ!」
どらこちゃんのお母さん・・・・・・いや、母ちゃんって感じか・・・・・・。
まぁそれは置いておいて、その人が私の家まで娘を呼び戻しにやって来たのだ。
「うへぇ・・・・・・母ちゃん!?」
珍しくどらこちゃんがちゃんと子供らしく動揺する。
内心やっぱり母ちゃんか、と思った。
どらこちゃんはしばらく逃げるようにするが、しかし逃げ場など無く・・・・・・。
「はぁ・・・・・・分かった。帰るよ」
「あんた、次から泊まるときは宿題持ってきなさいよ」
「はいはい」
「はいは一回!」
泊まりに来る頻度があんまり高いものだからうっすら心配していたが、なかなか家族仲は良好なようで安堵する。
どらこちゃんのお母さんは私の母のタイプに似ていたから、どらこちゃんに親近感もちょっと湧いた。
「あはは・・・・・・」
二人が繰り広げるお決まりの流れに、みこが呆れて笑う。
その笑顔に見送られて、引きずられるように帰って行った。
「なんか・・・・・・ぽい家族だったね」
「でしたね・・・・・・」
麦茶をまた注いで一口。
あの感じ、何となく兄弟が居そうだけど、どうなのだろうか。
お父さんに申し訳ないくらいなんだかこちらは能天気だった。
暑いので日陰を歩いてます。
どうも、ノワールです。
「いや・・・・・・私はそういうキャラじゃないだろう・・・・・・」
ともかく、暑いものは暑いのだ。
会う人会う人に服変えればと言われるが、そのつもりは毛頭なかった。
ただ眼帯は妥協点かもしれない。
ともともかくかく。
これで秘密基地侵攻は決まった。
だから、今必要なのは情報だ。
敵を知らないことには、攻め入るのも難しい。
ただ私の持っている情報はもう古いものだろうし、今更堂々と秘密基地に入り込むなんて出来ない。
そもそもまだユノ信者だったときも一部の区画しか入れなかったし・・・・・・。
「・・・・・・潜入、か・・・・・・」
彼女たちを巻き込むのだ。
こちらもそれくらいの危険を負う責任はあるだろう。
その所為で余計警備が厳重になったら・・・・・・それはもうごめんなさい。
「おっと・・・・・・もうこんな時間か・・・・・・。待っていろブラン!今見舞いに行くからな!」
勢いのまま、日光の下に躍り出る。
最愛の妹を目指して、蝉の声が飛び交う青空の下を駆け出した。
続きます。




