台風一過(9)
続きです。
薬を飲んで、ベッドに潜り込む。
飲んだ薬の効果はどれも分からない。
解熱剤も渡されたけど、極力飲まないようにと言われたので飲まなかった。
枕に後頭部を沈めて、天井の木目を見上げる。
眠くないけど、だけど眠れそうだった。
まだ終わらない今日のことをぼんやりと思い出す。
一番新しい記憶だったからか、最初に浮かぶのはココの顔だった。
ベッドの自分の匂いに沈むように、体を横向きにする。
みこちゃん家に泊まったのは少しの間だけだったけど、視界に映る自分の部屋が懐かしく感じた。
部屋は照明を点けておらず、明かりはカーテン越しの日差しだけで薄明るい程度だ。
だから部屋の隅には光から逃げた闇が溜まっている。
その部屋の中に、ゴローは居なかった。
私を邪魔しないようにと、一人残して行ったのだ。
しかし、こっちとしては普段当たり前に居る奴が居ないのはそれこそ気になる。
けれど、根が世話焼きだからすぐに戻って来ると知っていた。
「そういえば・・・・・・」
体内に溜まった熱を吐き出すつもりで、ぼそりと呟く。
「結局、ココに名前聞かれなかったな・・・・・・」
何と言うか、変なところで抜けてる。
きっと彼女の中では、これからも私は水色なのだろう。
それも、悪くない。
そう思った。
流石に熱を出しているときに、あーだこーだ言われると鬱陶しいだろうと思い、きららを部屋に残して立ち去った。
これでも、自分の過保護さというか、そういうところは結構自覚しているのだ。
そう、自覚している。
自覚している・・・・・・ばずなのだが・・・・・・。
「はぁ・・・・・・」
まだそう何分と経たないのに、早速気になり出していた。
ボクときららの体、あるいは意識には明確に繋がりがある。
だからきららがなんとなく今は大丈夫だということは分かるのだが、だとしても不安が拭えない。
沢山のもしかしたらが連なって、とにかく落ち着かなかった。
それを誤魔化すように、居間で落ち着くおばあちゃんに話しかける。
「とりあえず、ただの風邪でよかったニャ」
何が良かったというのか。
風邪ひいとるんやぞ、とセルフツッコミ。
おばあちゃんは湯呑みに注いだ白湯を飲んで、頷いた。
「そうね。ゴローちゃんもありがとうね」
「いや、そんな・・・・・・ボクは・・・・・・」
きっと、もっと上手く立ち回れたはずだった。
失敗・・・・・・とまでは言わないでも、最善ではない。
「いやいや、本当に助かっているよ。私もゴローちゃんが居なかったら不安で仕方なかったと思うもの。ほんと、体調崩すたびに慌てふためいて・・・・・・」
それを聞いて、それはいつの話なのだろうかと思う。
ボクが生きた時間はまだ短く、だから知らないことも多い。
ボクが来る前も当たり前だけどきららは風邪をひいてきただろう。
だが、このおばあちゃんだと、それより更に前、きららが生まれる前のことを言っている可能性もある。
この人の娘、きららの母の話だ。
「それは・・・・・・大変だった、ニャ・・・・・・」
そんな考えの所為で、歯切れが悪くなる。
それでもおばあちゃんは、目を細めて笑った。
「ほんとに・・・・・・慌ただしい子・・・・・・」
どこか、遠い目をしている。
その瞳が見つめるのは、おそらく過去。
どの時点のものかは分からない。
「とりあえず・・・・・・悪いものは受け継がなくて安心したよ・・・・・・」
「それは・・・・・・?」
意図を掴みかねて、尋ねる。
「体の弱さと、人の見る目の無さ。きららは元気で、優しい人たちに囲まれてる。これ以上に安心することはないよ」
「そうかニャ・・・・・・」
やっぱり、自分の娘のことだ。
忘れられないのだろう。
そうなれば、確かにきららの体調不良もなかなかに不安なもののはずだ。
慌てふためくおばあちゃんは想像しづらいが、先程の言葉も頷ける。
「ゴローちゃんのおかげだよ。きららのことも、私自身のこともね」
「どういたしまして・・・・・・ニャ」
素直に頷く。
そして・・・・・・。
「やっぱり様子を見て来るニャ」
きららに部屋を放り出されるまでは、鬱陶しかろうがなんだろうが居座ってやろうと思った。
「あの子も安心すると思うよ」
「だといいけど・・・・・・」
おばあちゃんのお墨付きだ。
そりゃもう堂々と居座ってやる。
だから・・・・・・は関係ないか・・・・・・。
でも、早く元気になりな。
ボクもおばあちゃんも、この家が騒がしい方が落ち着くんだ。
続きます。