台風一過(7)
続きです。
頭の中で、ぼやけた視界で、溶けた関節で、熱が歪む。
瞼を閉じているのか開いているのかさえ定かではなく、ただ眩しいようなそうでもないような光がぐねぐねしているだけだった。
体の中身が全て溶けているような錯覚をして、けれども私は人の形を保っているようだった。
走る車の揺れに、溶けた体がどろりと流れる。
私はおばあちゃんの車の後部座席に寝かされていた。
行き先は知っている。
聞かされたし、散々文句も言った。
「大丈夫かニャ・・・・・・?」
ゴローが私に掛けられたタオルケットの位置を直してこちらを覗き込む。
「大丈夫・・・・・・じゃない」
嘘をつく必要もなければ、そんな余力もなく、正直に答えた。
額に張り付く冷却シートは、既に温くなり、今ではぬるぺ・・・・・・。
そこで熱に思考を遮られる。
そのときに目を閉じたことで「ああ、目開いてたんだな」と初めて理解した。
ゴローが見えていたしそれもそうか・・・・・・。
そのまま目を閉じていると、ゴローの感触が髪に触れる。
短いし、指もないゴローの手・・・・・・前足が私の頭を撫でる。
特別心地いいわけでもないけれど、そうして触れられていると安心した。
「あー、腰いた・・・・・・。ちょっと見栄張っちゃったかねぇ・・・・・・」
運転席からはおばあちゃんのボヤく声がする。
そうして、再び目を開いた。
「どこ行くの・・・・・・?」
知ってる。
知ってるけど、万が一ってことも・・・・・・。
「病院だよ」
「病院ニャ」
なかった。
「きらら・・・・・・なんでそんなに病院が嫌いなのかニャ?」
ゴローが私の頭を撫でながら聞く。
その理由は、改めて考えてみると私もよく分からなかった。
別に何かトラウマがあるわけでもなければ、そもそも今まで行った回数もそんなに多くはない。
けれども、いい思い出も無いわけで、だったら嫌な印象が先行するのは当然のように思えた。
「何か怖いのかニャ・・・・・・?」
私がずっと黙っていたからか、ゴローが範囲を狭めて聞いてくる。
答えるのが億劫で、だからその体を抱き寄せて黙らせた。
私の家から病院は、そこそこ遠い。
今回はみこちゃんの家から出発だったけど、たいして変わらないだろう。
車で大体二、三十分くらい、そんなところだ。
私が車に乗せられてからどれくらい経ったか分からない。
飛び飛びの意識は断片的で、だからさっきまでみこちゃん家に居た気もするし、もうずっと車に乗っているような気もする。
動きの鈍い眼球を動かして、窓越しに眩しい青空を見る。
それは、いつも見ている顔見知りの青空と少し違う気がして「ああ、もう少しで着くかも知れないな」と思った。
いつも見ている空も、毎日、なんなら毎秒違うはずなのに変な話だ。
病院が近い。
そう思うと、否が応でも気が滅入る。
でも我慢だ。
腕の中のゴローを、ぎゅっと少し強く抱く。
空に流れる綿みたいな雲を網膜に焼き付けて、瞳を閉じた。
続きます。




