台風一過(4)
続きです。
渡された水をちびちび舐めながら、テーブルを挟んだ向かい側に座る二人と、猫のぬいぐるみの顔色を窺った。
ぬいぐるみはふわふわ宙を落ち着きなく漂い、どらこという名の少女は腕を組んで唸る。
私に水を渡したみこは、腕を組む少女の顔を覗き込んでいた。
「なるほどな・・・・・・。まぁユノ様云々ってのはあんたの口から聞いたことあるし、なんとなくは分かったわ」
どらこが組んだ腕を解いて頷く。
ひとまず今どんな状況にあるのかは理解してもらえたようで、胸を撫で下ろした。
「しかし・・・・・・ボクらがその秘密基地とやらに出向く必要があるのかニャ?そこに行かなければ、なぁなぁで終わるというか・・・・・・少なくともボクらは大丈夫な気がするんだけど・・・・・・」
「いや、それはないさ」
私は水の入ったコップを置いて、ぬいぐるみの言葉を否定した。
「君たちは既に・・・・・・私たちが向かわされたとき、あるいはもっと前から完全に目をつけられているよ。ユノが何を考えているのか・・・・・・それはよく分からんが、君たち、特にきららには異様に執着している」
「そうかニャ・・・・・・」
ずっと宙空を漂っていたぬいぐるみは、そこでテーブルの上に腰を下ろした。
開いた窓の隙間から流れ込む風に、薄いカーテンが揺れる。
そうして、しばらく沈黙は続いた。
やがて、背後から足音がやってくる。
「話は終わった?あ、ちょっとみこ・・・・・・これ冷蔵庫に入れといてもらっていい?」
「あ、はい。ちょっと待っててくださいね・・・・・・」
やって来た足音の正体は、玄関で私の後ろからやって来た・・・・・・確かさくらという名の少女だった。
さくらの声に、席を立ったみこが駆け寄る。
さくらの手から何やらビニール袋を受け取り、それを引っ提げて台所に消えて行った。
代わりに収まるように、さくらが空いた席に座る。
そしてもう一度言葉を重ねた。
「それで・・・・・・話は終わったの?」
「ああ、終わったよ。まぁ・・・・・・ちょっと面倒な話だ・・・・・・」
それにどらこが答える。
その表情は言葉の通り面倒そうだった。
まぁ勝手に狙われて、勝手に渦中に放り込まれているのだから無理もない。
遅れて来たさくらのことはひとまず置いておいて、最終確認のつもりで口を開いた。
「さて、とりあえず話を聞いた君たちだけにでも聞きたい。どうか、協力してくれないだろうか?」
私は秘密基地の場所を知っているだけ。
一人で忍び込んだところで、返り討ちに遭うのが目に見えている。
「まぁ・・・・・・そうだな。あたしは・・・・・・」
「そうニャ・・・・・・」
「いや、私話聞いてないんだけど・・・・・・」
二人は悩みつつも、避けては通れない道であることを薄々勘づいている。
あと一押しだろう。
「私はブランの敵を討ちたいだけだが、ブラン同様ユノの被害に遭っている者はいる。こうしている間にだって、ユノは人を襲い続け、そして何かを推し進めている。先手を打つ必要があるんだ」
何故だか分からない。
本当に何故だか分からないが、ユノには沢山の仲間がいる。
その仲間たちは、以前の私たちのように、盲目的に進化という言葉に縋っている。
まるで宗教だった。
だから、手遅れになる前に・・・・・・。
「頼む」
あまり肌には合わないが、姿勢を正して、頭を下げる。
視界がテーブル一杯になった。
その下げた頭に、声が降りかかる。
その声は、私の正面からではなく、背後から降って来た。
「私は・・・・・・いいと思いますよ。事件を止められるものなら、止めたいです」
その声に顔を上げる。
振り向くと、みこが台所から戻って来ていた。
「せっかく戦うって決めたんです。守りたいって思ったんです。それが出来る力があるなら、私はそのために使いたいです」
そう言う少女の瞳は、真っ直ぐで揺らぐことはない。
確かな意志に支えられて、その両足で踏ん張っていた。
「みこ・・・・・・」
「はぁ・・・・・・結局、そう言う流れかニャ・・・・・・」
ぬいぐるみが、仕方ないかという風にため息をつく。
その言葉には、諦めというよりは「知っていたよ」という色が濃かった。
そんな中、一人置いてけぼりのさくらが、言いづらそうに口を開く。
「で、なんの話よ・・・・・・」
今まで交わされた言葉の全てを吹き飛ばすように、再び窓から風が流れ込んだ。
続きます。