台風一過(2)
続きです。
背伸びをすると、背中がミシミシ音を立てるのが聞こえた。
伸びが終わると、ついでにと首もポキポキ鳴らす。
最後に腕を横に広げるようにして肘を鳴らした。
さて、朝からトラブルが起きてしまったが、それ以外はいつも通りだ。
ひとまずどうしようかと悩むが、とりあえずきららの様子を見に行ってみることにした。
点けるだけ点けてほとんど見ていなかったテレビを消す。
テレビは過ぎ去った台風のことばかり取り上げていて、退屈だった。
服の下から手を突っ込んで、腹を掻きながらきららの寝ている部屋に向かおうとする。
すると、丁度さっきまできららを見ていたみことゴローが前からやってきた。
「お、どうだった?大丈夫そう?」
聞くと、二人は顔を見合わせる。
「まぁ、大丈夫だとは思うニャ」
「結構熱もしっかり出ちゃってるみたいですけど・・・・・・ていうか、どらこちゃんは大丈夫なんですか?」
「あたしは大丈夫だよ。この通り」
なんの証明にもならないが、その場で飛び跳ねる。
すぐにその無意味さに気づいてやめた。
「まぁこういうこった」
「どういうことニャ・・・・・・」
それは自分にも分からないのだった。
「さて、じゃちょっとあたしも様子を・・・・・・」
二人とすれ違って歩みを進める。
いや、進めようとした。
そしたら丁度そのタイミングで、インターホンが鳴ったのだ。
「たぶんさくらだな」
「さくらちゃん来るんですか・・・・・・?」
「ああ、来るって」
別にあたしが出なきゃいけない理由があるわけではないが、そのインターホンの音に肩でも掴まれたように引き止められる。
そのままくるりと体の向きを変えて、玄関の方へ向かった。
みこたちも特に深い考えもなくついて来る。
「よう、さくら。早かったな」
扉の向こう側に誰が居るかなんてのも確認しないで、そう言いながら扉を開いた。
「お・・・・・・?」
「あっ」
「ニャ」
その扉を開けた先に居る人物の姿に、それぞれが気の抜けた声を上げる。
「やぁ。風に導かれて来てみたが、きららはここに居るかい?」
開いた扉に寄りかかるようにして、黒いフードから顔を露わにする。
その姿は、間違いなくさくらではない。
「あんたは・・・・・・」
記憶を遡る。
会ったことあるし、話したこともある。
なんなら直接対決したのはあたしだし・・・・・・。
だけど・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おいおいおいおい・・・・・・まさか私のことを忘れたんじゃないだろうな・・・・・・?」
やれやれと、来訪者が首を横に振る。
しばらく黙っていると、小声で「えっ、ほんとに・・・・・・?」という声が聞こえた。
みこが、あたしの肩を後ろから叩く。
「うん?なんだ・・・・・・?」
「ノワールですよ・・・・・・!」
振り向くと、あたしの耳に口を近づけて小声で教えてくれた。
息が多めの少し掠れた声。
耳元で囁かれるのは、なんだか少しくすぐったかった。
「で、そのノワールが何の用ニャ・・・・・・?」
ゴローが前に乗り出して、話を進める。
それにノワールは、待っていましたとばかりに話し始めた。
「ふん・・・・・・分かっているだろう?秘密基地侵攻の件さ。本格的に話をしようと思ってね。きららも居るんだろう?」
どうしてこの場所を知っているだとか、その服暑くないのだろうかとか色々と気になることはあるが、秘密基地侵攻・・・・・・全てはその言葉に呑み込まれた。
何の話だ・・・・・・?
「えっと、あの・・・・・・とりあえずきららちゃんは居ますが、風邪です」
「何・・・・・・?風邪?」
みこの言葉にノワールが驚く。
しかし、あたしはそんなことは気にかけていられなかった。
ノワールの反応より、自分の疑問わ優先して問いかける。
「その前に・・・・・・秘密基地侵攻って、なんだ?」
「あ、はい。私も気になります」
あたしが口を開くと、みこもそこに乗っかってきた。
やはり気になってはいたのだろう。
その言葉に、ノワールの表情が先程の驚いた顔のままで固まる。
「まさか・・・・・・きららは何も話していないのか・・・・・・?」
「とりあえずは・・・・・・」
「はい、何も聞いてないです」
あたしたちの反応に、いよいよノワールは呆れたような顔になる。
ため息を一つこぼして、眉間に手を当てた。
「なるほど・・・・・・。どういう意図かは・・・・・・まぁ巻き込みたくないだとかそんなことだろう。しかし、君たちは既に当事者だ。事件の渦中にいる。だから、君たちも話を聞く必要がある」
「「は、はぁ」」
そんなに力強く言われても、あたしたちはそもそも何の話だか分からないのだから、反応がし辛い。
ゴローの顔を覗いても「さぁ?分からないニャ」と言った顔をされるだけだった。
「まぁ、とりあえず上がっても構わないかな?」
「いいですけど・・・・・・」
ノワールの言葉を、みこが緩く肯定する。
「え、いいのか?一応敵・・・・・・だよなぁ、たぶん・・・・・・?」
「あ、それに関しては知ってるニャ。なんか組織の人に裏切られて、今はこっちサイドニャ」
「組織って・・・・・・えぇ・・・・・・」
ゴローが何気なく放った一言に、面食らう。
もうそんな大きな話になっていたというのか・・・・・・。
「まぁ、上がらせてもらって構わないということでいいね?」
言いながら、ノワールは眼帯の紐に人差し指を引っ掛ける。
指を離すと、ぴちっと紐がほっぺたを叩いた。
「あ、ああ・・・・・・」
なんだか分からないが、とりあえずは認める。
いや、なんだか分からないからこそ、認めたのかもしれない。
どのみちここはみこの家なわけで、ならばみこが認めた時点で既に成立していたのだろう。
「では遠慮な、くっ・・・・・・」
そう言って、一歩踏み出した瞬間、ノワールが前のめる。
まるで誰かに押されたみたいに。
というか実際に押されていた。
「邪魔よ」
視界にノワールを肘で押しのけたさくらが割り込む。
急いで来たのか、額には汗を浮かべていた。
「あ、さくらちゃん」
「おはよ。こいつ何・・・・・・?」
「何と言われたら・・・・・・なんなんでしょう?」
さくらとみこが話している間にも、ノワールは前のめり続ける。
その視線は、こちらを恨めしそうに睨んでいた。
「あたしにやられても困るぞ・・・・・・」
有言実行で困っていると、さくらがズカズカと、先に来たノワールより早く家に上がる。
「ごめん。ちょっと顔洗わせてもらっていい?」
「あ、じゃあタオル持ってきますね」
「ごめん。ありがと」
そう言いながら、みこと二人で奥へ向かって行った。
「お前たちなぁ・・・・・・」
やっと姿勢を戻すことの出来たノワールが、腕を組む。
「あ、まぁ悪りぃ・・・・・・。とりあえず来なよ」
流石に申し訳なさを感じて、リビングルームに招いた。
続きます。