草陰の虚像(6)
続きです。
アンキラサウルスが四本の足で向かってくる。
一歩動かすたびに地面が揺れ、私の足も振動にとられそうになる。
しかしそれでも走る足を止めない。
相手の突進の勢いを利用出来ればむしろチャンスだ。
正面から頭に一突き入れるイメージが固まる。
「いける......!」
体の脇に剣を水平にして構える。
切っ先が向くのはもちろんアイツの脳天。
走りながらその刃を突き出す。
しかし、剣が届く直前でアンキラサウルスが前足を力強く踏み込む。
「のわっ......!?」
アスファルトの一部が捲れ、体は衝撃で空中に投げ出される。
「だ、大丈夫かニャ!?」
空中で身動きが取れないところへ、鋭い爪が滑り込む。
「「うぐっ......」」
私は何度も変わる力の方向に、ゴローは爪をモロに食らった苦痛に呻く。
そのまま先程さくらが座っていたのとは逆側の塀に打ちつけられてしまう。
突進の急停止から繰り出された攻撃は私たちに確実なダメージを与えていた。
手のひらがザラザラしたアスファルトの表面を撫でる。
そこであることに気づいた。
「剣が......無い......!」
視線を動かせばそれはすぐに見つかる。
アンキラサウルスの足元に転がっていた。
そんな私の様子を見て、ランドセルを抱えたゴローがやってくる。
「まだリコーダーがあるニャ!」
ランドセルを開き、中身を見せる。
「でも......」
正直接近戦で勝つのは難しいと思い始めていた。
単純にパワーが桁違いで、容易くお手玉されてしまう。
「あまり悠長なことしてる時間もないニャ!」
上体を起こしたアンキラサウルスの影が伸びる。
「......っ!」
何かないかとランドセルを漁っていたところ、相性の良さそうなものがあることを思い出した。
ランドセルを閉じ、肩紐に腕を通す。
「そうか......!」
ゴローもそれを見て納得したようだった。
ランドセルが金属製に変わり、銀色に光る翼が伸びる。
そう......飛行ユニットだ。
アイツはどらこちゃんみたいに飛べやしないだろう。
「これなら一方的に攻撃出来るニャ!」
アンキラサウルスの爪が、赤い弧を空中に描く。
その軌道をかいくぐり、空へ飛び上がった。
ゴローも少し遅れて同じ高さまで昇る。
「ここまでくればこっちのもんよ!!」
こちらを下から睨みつけるアンキラサウルスに狙いを定めて......。
「ファイヤァァァァア!!」
叫び声と共に左右三弾ずつ、計六発のミサイルが射出される。黒い煙が捻れた線を引く。
もともと身軽な方ではないようで、容易に全弾着弾させることが出来た。
未だに煙は晴れず、まだ様子は分からない。
「どう......?」
煙が拡散していき、帳が薄くなっていく。
もう少しで確認出来る......。
その時だった。
「ッ!!!!」
空気が圧倒的なスピードで押し出される。嘘みたいな衝撃が私を襲う。
気がついた頃には、私は落下を始めていた。
飛行ユニットが煙を吐き出している。
それもすぐにランドセルに戻ってしまった。
「な......は......?」
あまりに急な出来事に何が起きたのか、一瞬分からなかった。
耳がキーンとして、音が遠くなる。
音とも分からないような轟音の咆哮に一瞬で撃ち落とされてしまったのだ。
「だい......か......ニャ?」
ゴローの声さえもよく聞こえない。
今はどうにも耳は使い物にならなそうだ。
ぐちゃりと、ろくな対処も出来ずに落下する。
頭の中がぐわんぐわんして、焦点も合わない。
よろめきながらも立ち上がる。
「飛行ユニットの勝率低いなぁ......」
というかゼロである。
「というかゼロニャ」
全く同じことをゴローに言われてしまった。
しかし、聴覚はある程度回復したようだ。
「あとはどう倒すか......」
今ので完全に勝ち方が分からなくなってしまった。
アンキラサウルスが剣を踏み壊して、一歩踏み出す。
爪を道路に突き立て力を溜めている。
「くっそぅ......」
あるのはリコーダーと教科書と下敷き。ノートもか。
どっちにしろ、攻撃性能を持たせられるのはリコーダーくらいだろうか。
アンキラサウルスの爪が土埃を纏って地を滑る。
幸い動作が大振りだったので回避には成功した。
そのまま脇に回り込み、まだ背負ったままのランドセルからリコーダーを抜いて、腰の辺りを切りつける。
すっぱりとその位置に綺麗な傷が出来上がった。
「結局これかぁ......」
少し芸がないなとは思うが、なりふり構ってはいられない。
新しい運用法を思いつくには余裕が足りない。
アンキラサウルスが大きく息を吸い込む。
「ま、またニャ!」
「ッ!!!!」
咄嗟に耳を塞ぐがそもそもそういう次元ではない。
再び吹き飛ばされて、地面を何度も転がる羽目になる。
しかし、この剣ばかりは手放すわけにはいかない。
しっかりと握ったままの剣を突き立て、勢いを殺す。
近寄るのは危険。
かと言って離れたところで咆哮は届いてしまう。
「どうしろっていうのさ......」
「でもダメージはかなり入っているはずニャ!」
飛行ユニットはもう使えない。
飛び上がる時に吠えられておしまいだ。それ以前にランドセルが半壊している。この状態じゃ飛ぶこともままならないかもしれない。
アンキラサウルスを一瞥する。
確かにそれなりに弱っているようです、頭を片手で押さえてふらついている。
怯んでいたのも束の間、頭を振って両手の爪を広げ脚に力を溜め始めた。
もう考えている時間は無いようだ。
「いちか......ばちかっ......!」
剣を振りかぶる。
投擲だ。
この一撃で終われば勝ち、終わらなければ......。
アンキラサウルスが跳躍するのより早く剣を放り投げる。
全力投球ならぬ全力投剣だ。
風を裂きながら、一直線に飛ぶ。
それを見たアンキラサウルスは跳躍を中断し......。
「ッ!!!!」
終わった。
もちろん悪い意味で。
体が剣と共に宙を舞う。
ビリビリ揺れる空気が私の体を押し流す。
剣は更にその先まで吹っ飛んで行ってしまった。
その速度は明らかに投げたときを上回っていた。
投げ出された体はシャチホコみたいなポーズでやっと静止する。
幸い剣は更に奥。
アンキラサウルスの近くよりはずっとマシだ。
地面に手をついて立ち上がる。
「あれを見るニャ!」
ゴローの叫び声に、次は一体何をやって来るんだとアンキラサウルスの方を向く。
しかし、目に入った光景は全く予想外のものだった。
アンキラサウルスが先程の咆哮を最後に倒れ伏している。
唐突な終わりに、拍子抜けする。
そのままアンキラサウルス光の粒子となりゴローに吸い込まれてしまった。
続きます。