台風一過(1)
続きです。
瞼の裏側に、うっすら光を感じる。
私に被さる布団からは、普段と違う匂いがした。
寝ぼけたままだが、ああそうか、と思い出す。
台風が来て、そしてみこちゃんの家に泊まっていたのだ。
昨晩は寝苦しいような、そうでもないような夜だった。
変な夢も・・・・・・どんなものだったかは忘れたけど、見た気がする。
眩しさから顔を逸らすように、寝返りを打とうとする。
しかし、それが出来なかった。
体の内側には、まだふわふわした浮遊感が残っているというのに、手足が重い。
まだ、疲れが抜けきっていないようだった。
しかし、眩しさに負けて閉じていた目がうっすら開く。
「あ、起きました」
寝ぼけ眼に歪んだ天井に、こちらを覗くみこちゃんとゴローの顔が滲む。
何か言おうとするが、低速で回る頭からは何も出てこない。
それどころか、意識が確かなものになる程、より鈍重になるような感覚さえあった。
「あれ・・・・・・?」
ここで、流石に少し変だと気づく。
この感覚は普通ではない。
けれども今まで何度か経験して来ているので、それが何かは知っていた。
夏休み中だって言うのに、私に被さる布団は分厚い。
それならもうバカ暑いってなるはずなのに、むしろうっすら寒気すら感じていた。
重い体を無理矢理持ち上げるようなイメージで、体を起こそうとする。
すると、視界がぐにゃっと歪んで、体がどこまでも沈んでいくように錯覚した。
「あ、わわっ・・・・・・ダメですよ!無理しちゃ・・・・・・」
「たぶんまだ状況がよくわかってないニャ」
私のふらつき加減に焦ったように、みこちゃんが私の肩を支える。
その手に宥められるようにして、再び布団に潜った。
「えぇ!?風邪ぇ・・・・・・!?」
突然朝早くにかかってきた電話に、声をあげて驚く。
受話器から聞こえてきたのは、どらこの声だった。
「何でまた風邪なんか・・・・・・ってまさか、ねぇ・・・・・・」
『たぶん合ってる。想像通りだよ』
「ちょっと、何があったのよ・・・・・・」
聞き漏らすまいと、携帯電話とは逆側の耳を塞いで、雑音を遮断する。
考えられる理由としては、台風。
今のところそれしかなかった。
突然現れて、突然消えた不可解な台風。
その過ぎ去った後には、アンキラサウルスによるものと思われる被害があったという話もニュースで聞いた。
だとすれば、きららが飛び出していくというのも考えられなくはなかった。
『まぁ、長くなると思うが・・・・・・』
どらこは、そう前置きして話し始める。
思い出したことをそのまま思い出した順番で話しているようで、いまいちまとまりがなかった。
それでも、まぁ何となくは理解できる。
「・・・・・・なるほどね。あんたも声ガラガラだけど・・・・・・それはどうなの?」
『あたしか?あたしは別に大丈夫。声はたぶん昨日叫びすぎただけだ、技名を』
「技名?」
『技名』
意味のない問答を早々に切り上げて、話を戻す。
「とりあえず、今からそっちに行くわ」
みこのお母さんは、きらら本人が起きる前に異常に気づき、冷えペタを買いに行っているらしい。
きららのおばあさんも病院に送るために迎えに来るつもりらしいが、まだ準備があるという話だ。
ならば、今家にいるのは、みことどらこ、ゴローに・・・・・・そして、バカ。
風を引くタイプのバカだ。
『え、来るのか!?さくらが!?』
「何よ・・・・・・問題?」
『あ、いや・・・・・・そうは言わんが・・・・・・まぁ、何でもない。それじゃ』
「うん、また後で」
そう言い残すと、私から電話を切る。
朝早くといっても、朝食も摂ったし身支度も済んでいる。
外出するつもりでもなかったから服装は少し雑だが、それを気にするような人たちでもない。
すぐにでも、出かけられる状態だった。
「パパ、ちょっと行って来る」
ろくに荷物も持たずに、玄関に向かう。
靴を履きながら、リビングの隅の観葉植物に霧吹きをするパパに向けてそう言った。
「行くって・・・・・・どこに?」
植物のとなりで、首だけ傾けてこちらを覗く。
丸いレンズの眼鏡がそれに合わせて傾いた。
「ああ・・・・・・っと、友達の家。あ、そうだ・・・・・・それとちょっとお金ちょうだい」
「いい・・・・・・けど、あんまり遅くならな」
「ならないから!早く!」
パパがいじけた様にくちびるを尖らせる。
その甘えた子供のような振る舞いが、最近気になっていた。
反抗期の訪れかもしれない。
「ありがと」
パパから千円札を入れた子供用の小さな財布を受け取る。
それをポケットに突っ込んで、玄関を出た。
そしたらそのすぐ近くにあるカギをかけていない自転車のスタンドを蹴る。
倒れて来るハンドルを握り、それにまたがってペダルを踏みつけた。
抵抗の後、軽やかに加速していく。
ヘルメットをしていないせいで、髪が風に流れた。
「先生に見つからなきゃいいけど・・・・・・」
本来なら、当然ヘルメットが必要だ。
私自身大切だと思うし、先生もそれを奨めるべきだと思っている。
しかし、それとこれとは別だった。
私は急ぐ。
心配・・・・・・とは少し違う、自分でもよく分からないものに突き動かされて。
ジリジリ照りつける太陽。
湿った風が道端の草を揺らし、私の頰を撫でた。
続きます。