最大風速(30)
続きです。
『いやぁ・・・・・・ごめんごめん・・・・・・。映像が戻るよ。今度はシールドも張ってるから、そう簡単には壊れないよ』
どれだけ攻撃をしても、その全てがすり抜け、意味をなさない。
ユノと背中を合わせてお互いを守るようにアンキラサウルスを退けていた。
「遅いよ・・・・・・もう!」
再度目玉のおっさんがウィンドシェルの元に辿り着いたのは、十数分経った頃だった。
それ程長いとも言い切れない時間だが、慣れないロボットの操縦の所為もあって既にそれなりに疲労が溜まっていた。
ユノは相変わらず涼しげな表情をしているのだからすごい。
三つ目の仮想モニターに映像が復旧する。
映し出されたのは、ウィンドシェルのその殻の中身の姿だった。
実体を持っているのかも分からない青白い光の球体。
貝になぞらえて表現するなら、真珠で間違いないだろう。
その光の球体の周りを、粉々になった殻の破片が土星の輪のように回っていた。
『徐々に再結合してるな。君たち制限時間が出来たよ。殻が固まる前にトドメを刺して貰わないと・・・・・・』
また一つ、条件が増えた。
もう流石に勘弁して欲しい。
倒せないお邪魔虫に、難しい作戦内容、そして時間制限。
流石のスバルちゃんもこの状況で、新しい目玉のおっさんを用意出来ない。
一度殻が塞がれば、もうチャンスはない。
『ミラ、いこう。早い方がいい』
「それはそうだけど・・・・・・ちょっと待って・・・・・・」
飛びついてくるユノの姿をしたアンキラサウルスを蹴り飛ばす。
立て続けに背後から迫って来たアンキラサウルスを牙で薙ぎ払った。
『暴風域縮小!なんだか分からないが・・・・・・来るぞ!!』
そうしている間にも、スバルちゃんの声が何かを予告して叫んだ。
「今度は何・・・・・・!?」
言いながら上空を見上げる。
当然目視できるのは分厚い雲だけだった。
しかし、その瞬間大地が揺れる。
「何!?」
『風だ・・・・・・』
ほとんど爆発のような暴風に襲われ、ロボットに乗っているというのにぐらつく。
ユノは冷静に姿勢を低くして耐えていた。
『・・・・・・!・・・・・・!!』
何事か通信が入るが、何を言っているのかは分からない。
私もほとんど転倒するようにして、最大風速の一撃を耐えた。
今までの風とはまるで規模が違う。
近くの木々は折れ、大きな音を立てる。
風が巻き起こった中心部分は、路面が捲れるように亀裂が入り、その破片が弾丸のように機体を掠めた。
やがて風は止み、静寂が訪れる。
アンキラサウルスだけが風の影響を受けずに元気そうにしていた。
『・・・・・・っと繋がった!君たちの装甲も破損している。次同じことをされたらバラバラになりかねない。なんとか決めてくれ』
「い、今のは・・・・・・!?」
よろめきながら立ち上がる。
その時に機体からボロボロと何かの破片が落ちるのが見えた。
右腕の関節の動きも少し悪い気がする。
『今のは圧縮空気弾とでも言えばいいのか・・・・・・ともかく押し固めた空気を射出してきた。本体からの直接攻撃だよ』
「なるほどね・・・・・・」
どうりで強力なわけだ。
「ユノは・・・・・・大丈夫?」
『なんとかね・・・・・・。これなら自分の体で戦った方が楽なんじゃないかとか思ってだけど、流石に今のを見るとこれがあってよかったと思うよ』
そう言うユノの機体も、だいぶ装甲が剥がれていた。
ところどころ内部構造が剥き出しになり、火花を散らしていた。
『追い討ちをかけるようで悪いけど・・・・・・また暴風域が拡大して、既に縮小が始まっている。今回はシールドのおかげでおっさんは無事だが・・・・・・恐らくこれは空気の圧縮の行程だ。・・・・・・二射目がまもなく来る』
「それって・・・・・・!」
『そういうこと』
次は耐えられない。
つまり、今この瞬間しかチャンスがないのだ。
『ミラ。万全とは言えないけれど・・・・・・頼む』
ユノの声が、私を落ち着かせるように響く。
「分かった」
本当に、今やるしかなかった。
動きの悪い関節に苛立ちながらも、牙を構える。
ユノも上空を見上げ投擲姿勢をとった。
『ミラ!!』
「うん、いくよ!!」
一瞬しかない。
けど、一瞬あればいい。
私の機体から・・・・・・いや、私から電流が発生する。
それは連鎖するようにアンキラサウルスを伝わり、その行動を支配した。
与えた命令は、動くな、の一つ。
一瞬だけ生まれた邪魔が入らないタイミング。
そのタイミングで狙いを定め、そして牙を機械の腕で放った。
ユノの牙が雲を貫く。
私の牙は関節の不具合の所為もあって、少し遅れてその後を追った。
それからすぐにモニターを見る。
一本目の牙が、球体の中心を貫くのが映った。
遅れて到着した私の牙も、中心にこそ当たらないが、その縁に命中した。
『よし、ばっちりだ!当たったぞ!』
スバルちゃんの喜ぶ声が、鼓膜を揺すった。
しかしそれをユノが遮る。
『いや、まだだ』
その瞬間、ウィンドシェルの周りを回っていた破片が高速回転を始めた。
その破片たちは、その回転で突き刺さった牙を砕く。
そして少しずつ本体に張り付いていった。
『くっそ、マジか!?ダメージが足りなかった!?』
スバルちゃんは叫び、新幹線のぬいぐるみをどかして、慌てて何かを操作し始める。
『ダメだ。暴風域の縮小も止まってない。このままでは・・・・・・』
「お、奥の手は・・・・・・?」
スバルちゃんに尋ねる。
もう他にやりようが無いのだ。
それに賭けるしかない。
『しかしあまり目立つのは・・・・・・』
「そんな場合じゃないでしょ!」
『・・・・・・仕方ない。じゃあ、ミラクルくん。あとは君に全て委ねたよ』
スバルちゃんが真面目な声色で言う。
どうやら、奥の手は私の機体にあるらしい。
『権能解放。阿形の高出力貫通光線・針をアンロック』
その言葉と一緒に、阿形のイルカのクチバシを模した頭部パーツが開口する。
そこから、単眼の頭部カメラとそしてレーザー発射口が露わになった。
機体内にも、専用のトリガーと照準が現れる。
『脚部アンカー射出。固定完了。続いて腕部アンカーを・・・・・・』
足から射出された杭が、機体を地面に縫い付ける。
それと一緒に阿形の手のひらに同じく杭を出すであろう穴が開いた。
「まだあるの・・・・・・?ええい・・・・・・」
『わ、待て!これは反動がデカいから四つん這いにならないと・・・・・・』
「そんな余裕無いよ!」
今こうしている間にだって、ウィンドシェルは空気の圧縮を行っている。
それに、アイドルに四つん這いなんて似合わない。
手のひらから杭が生え始めるけれど、スバルちゃんを無視してトリガーを引く。
すると、機体の頭部から真っ直ぐに一筋の、それこそ針のような光が真っ直ぐ伸びた。
なんだ、反動無いじゃん。
そんなことを思った瞬間だった。
撃ち出したのはこっちだって言うのに、まるで頭部を撃ち抜かれたような衝撃が走る。
下手に足だけ固定されているものだから、膝が折れなすすべなくのけぞって倒れる。
その瞬間、世界は真昼のごとく明るかった。
ここら辺一帯ではなく、ずっと遠くまで。
暴風雨の夜に、真昼が突き刺さった。
その光は、衝撃は、ずっと上空まで届き、分厚い雲を追い払う。
夜空を覆う雲は消え、隠していた月を現した。
機体の頭が、ガツンと地面に衝突する。
その時にまた何かのパーツが溢れた。
「なんだ・・・・・・反動やばいじゃん」
レーザー発射口から煙が登る。
その煙が登る夜空は、雨雲を失い晴れていた。
『あーあー・・・・・・やってくれたよ。これは修理に時間がかかるぞ。レーザー発射口も焼きついちゃってもう閉じないよ・・・・・・』
搭乗席に、スバルちゃんの愚痴が垂れ流される。
「ウィンドシェルは・・・・・・?」
『やったよ。倒した』
私がなんだかボーっとしてしまった頭で尋ねると、ユノが夜空の月を見上げて答えた。
レーザーの光が過ぎ去った後の夜空は、私たちの住む都会と違って数えきれない程の星々で埋めつくされていた。
続きます。