最大風速(26)
続きです。
いつからだろう、鉛玉を吐き出す鉄の塊に魅せられたのは。
画面の向こうからでも、弾ける火花の温度鼻につく煙の匂いを感じていた。
持ったこともないのに、コントローラーを握るその手にコントローラー以上の重さい感じ、広がる荒廃した世界に私を釘付けにした。
雨ガッパがバラバラと雨に打たれ、その裾は風に激しくはためいていた。
少し長めの袖から伸びる私の腕は、黒く重い拳銃を握りしめる。
今この瞬間、私は冷酷な殺し屋。
カッパのフードの影から、鋭い視線で獲物に狙いを定めているのだ。
「・・・・・・なんて、ちょっとおかしいですかね・・・・・・」
自分の子供じみた空想に苦笑する。
それでも手の中にある重みは空想なんかではなかった。
電柱の影に身を潜め、様子を伺う。
どらこちゃんたちは、アンキラサウルスの振り回される腕を掻い潜りながら、隙を見て攻撃を打ち込んでいた。
湯気が上がるばかりで、あまり効いている様子ではない。
どらこちゃんの籠手には既にヒビが入り、きららちゃんの表情には疲れが滲んでいた。
二人とも、長時間外に居た所為か肌が真っ白だ。
「・・・・・・」
なんとかしてあげたい気持ちもあるが、あのアンキラサウルスに銃弾が通じるとも思えない。
ひとまずは、私のやらなければならないことはどこかに囚われている友達の救出だと決めた。
空を見上げると、フードで守られていた顔面に弾丸のような雨が降り注ぐ。
普段の雨とは違い重く鋭い。
ただ立っているだけでもかなりの体力を消耗するだろう。
見上げた空には、既に数えきれない数に達したアメンボたちが縦横無尽に飛び交っている。
決してどらこちゃんたちとの戦いに参加することなく、それこそ友達を隠す為に群がっているようだった。
「・・・・・・!」
無数のアメンボたちを目で追っていると、私の耳に声が届く。
それは雨に遮られて明瞭な言葉として聞こえることがなかった。
「みこかニャ!?」
しかし、もう一度声が通り過ぎる。
それは確かな言葉として私に届いた。
「ゴローちゃん?・・・・・・どこ!?」
首の角度は保ったまま左右を見渡すが、アメンボの姿が重なっているのが見えるだけで、ゴローちゃんの姿は見つからない。
「ここニャ!ここに居るニャ!」
音を頼りに、今度こそその姿を捉える。
アメンボの餌第二号として、細い足につままれていた。
「見つけました!」
アメンボは常に動き回り、同じ場所にとどまらない。
他のアメンボとの前後も絶えず入れ替わるから、少し目を離せばすぐに見失ってしまいそうだった。
だから急いでアイアンサイトも覗かずに銃を構える。
そして、迷うことなく発砲した。
「ひ・・・・・・!」
体スレスレを通り過ぎた弾丸にゴローちゃんが尻尾をピンと伸ばす。
しかしその脇を掠めた弾丸はゴローちゃんを捕らえるアメンボに命中した。
全身バラバラになるわけでもないが、羽の動きが止まりポトリと落下する。
当然だが、落下した亡骸は上空に居るのを見上げるよりずっと大きかった。
「た、助かったニャ・・・・・・」
私がアメンボの死体に駆け寄ると、ゴローちゃんがその下から這い出してくる。
ゴローちゃんが飛び出せば、アメンボは何かが瓦解したように光の粒に分解された。
「大丈夫ですか?」
「ボクは大丈夫ニャ!・・・・・・それより、キミの友達ニャ!」
くるりと周りを回るようにして肩の横までやってくる。
視線は空に向き、何かを探しているようだった。
「ボクが運ばれてる途中、何度か見つけたニャ。でも・・・・・・その度に見失って・・・・・・今はどこに居るのか・・・・・・」
「でも、無事なんですね?」
「それはそうだったニャ・・・・・・だけど、探すのは容易じゃ・・・・・・」
「大丈夫です!」
その為に来たんですからと胸を叩いて見せる。
これだけ沢山居れば、出鱈目に撃っても当たるだろうし・・・・・・。
「探しません。全部です。全部撃ち落とします」
「そ、そんなこと・・・・・・出来るのかニャ・・・・・・?」
ゴローちゃんが困惑の色を示す。
それに余裕の笑みで答えた。
「大丈夫ですよ」
既にポケットの中に替えのマガジンの重さを感じている。
おそらく弾数に制限はなく、弾切れはまずないだろう。
そして、どらこちゃんの火の攻撃と比べて弾速も速く、連射性能も勝る。
例えアメンボが際限なく増え続けるとしても、その増殖を上回る速度で処理出来る自信があった。
「しかし意外だニャ・・・・・・。まさかピストルだなんて・・・・・・」
「カッコいいじゃないですか」
少し誇らしく思って、ゴローちゃんによく見えるように構え直す。
あまり無駄話している程の余裕はない。
アメンボの進路上に射線を差し込むようにして、引き金を引いた。
腕に伝わる反動。
雨粒に反射するマズルフラッシュ。
爆発音とともに空気を貫く弾丸。
弾かれたコインのように宙を舞う薬莢。
その全てが心地良く、そしてリアルだった。
続きます。