草陰の虚像(5)
続きです。
授業を全て終え、帰りの挨拶をした後、すぐさま教室の出口に向かった。
お互いが戦争に参加していると知れてから、さくらに粘着されるようになったので出来れば早く帰りたいのだ。
どらこちゃんたちが何やら楽しげに話してるのに後ろ髪を引かれるが、そそくさと退散する。
教室のを出る直前にさくらの様子を確認すると、まだランドセルに教科書類を詰め込んでいるようだった。
その様子に胸をなで下ろす。
喧騒に身を隠し、教室を飛び出した。
「ゴロー......私最近ケガしてばっかじゃない?」
若干早歩きで家に向かいながら、ゴローに尋ねる。
「まぁ、そういう世界に足を踏み入れたってことニャ」
そよぐ風に身を躍らせて、ゴローが言う。
その声は軽く、平坦だ。
「まぁ今日のは転んだだけだったけどニャ......」
膝の絆創膏を見下ろす。
あの時のことを思い出すと、単純に悔しかった。
「はぁ......走るの練習しようかなぁ......」
歩む足先で小石を弄ぶ。
「練習してどうにかなるものなのかニャ......?」
「それは......分かんないけど......」
「まぁ、練習するっていうならボクも手伝うニャ」
私の横に並んだゴローが言う。
ゴローのそう言うあくまで否定はしないスタンスというか、やるならいくらでも手伝ってくれるっていうのは素直に嬉しかった。
「ありがと」
「任せろニャ」
無駄話に花を咲かせながら歩く私たちの進路に影が伸びる。
アスファルトに伸びるその影は、さくらのものだった。
ブロック塀の上に腰に手を当て立ち、私たちを見下ろす。
「そんな顔しなくたっていいじゃない。別にあんたの邪魔はしないわよ」
ブロック塀なんかの上に立つもんだから、スカートの中が覗けそうだった。
まぁ覗くつもりは毛頭ないけれど。
「人にものを言うときは塀から降りろって教わらなかったの?......デコ!」
「罵倒の語彙が貧弱ニャ......」
対するさくらは、依然降りることなく続ける。
「そんなピンポイントで教わってないわよ、バカ。あなたがノロマだから手伝ってあげようっていうのに......」
馬鹿にした笑みを顔に浮かべて、塀に座る。
「手伝うって......?」
「ふふ......。ここはちょうどキラキラ濃度が高いわ。だからちょっと餌をまくだけで......」
さくらが魔法のステッキでも操るように指先を動かした。
「ま......まさか......」
ゴローの声に焦りが滲む。
「な、何?......どういうことなの?ゴロー」
「私のために強くなってね」
さくらはただ塀の上で笑う。
そこに闇が訪れた。
「こっ......これは!」
闇が収束し、形を成す。
「滅煌輝結合......ニャ」
闇の中から、アンキラサウルスが這い出してくる。
その姿は、巨大な熊だった。
針のように尖った体毛に、赤く染まった鋭い爪。
その口は喉まで避けていた。
「くっ......」
アンキラサウルスの姿を確認したさくらは景色に滲んでその姿を消した。
「きらら!よそ見してちゃダメニャ!」
「グォォォォォオッ!!」
アンキラサウルスが吠えると、空気が激しく震える。
その振動は地面にまで伝わり、足の裏を細かく揺らす。
「ゴロー......!」
言いながらゴローにランドセルを投げる。
突然投げたが、もう慣れているのかしっかりとキャッチに成功していた。
「受け取ったニャ!」
ランドセルの横側のポケットから定規を引き抜く。
アンキラサウルスは私を睨みつけながらゆったりと二本足で歩き、機会をうかがっている。
「さて、かかってきな......!」
定規を両手で握って構えた瞬間その姿は剣に変わる。
その刀身は陽の光を鈍く跳ね返している。
一呼吸置いて、眼前の巨体に向かって走り出した。
続きます。