最大風速(24)
続きです。
風はびゅうびゅう吹いて、窓ガラスには雨粒がびちゃびちゃぶつかって・・・・・・。
周りなんかよく見えないのに、二人は巨大な敵と戦っていた。
自分の体の何倍も大きく、そして不思議な力を使う敵。
自分たちが同じような不思議な力を使えると言っても、きっと二人とも怖いだろう。
羽織らされるだけ羽織らされてきた雨ガッパのその下のポケットをまさぐる。
蠢く指先は、丸いビー玉みたいなものを弾いた。
それを手のひらに握りしめる。
宝石があっても、この球があっても、二人が命を危険に晒しているのは間違いない。
だからこそ、お母さんも止めたがっていたし、私も今車の中にいる。
きっと、この球が壊れたら命を落とすのは一瞬だ。
瞬きする間もなく、弾ける水に全身が吹き飛ばされる。
その時はきっと痛い・・・・・・のだろうか。
車の窓に、オレンジ色の光の軌跡が映る。
それは窓を打つ雨粒に滲んで歪んでいた。
そのオレンジ色の軌跡の一つは、きららちゃんが振るう剣。
残りはどらこちゃんが放つ炎、その拳。
二人は私の友達の為に、そして私の為に戦っている。
それなのに私は・・・・・・。
私は、何をしているのでしょうか?
頭の中に降って沸いた考えを、振り払う。
物理的に頭も振った。
お母さんが私を危険な目に合わせたくないのはよく分かっているはずだ。
どらこちゃんたちだって、私が危険な目に合わないようにしている。
ポケットから球を取り出して、目の前に持ってくる。
これは、身を守る為のもの。
私が危険に身を投じる理由じゃない。
私は戦ってはいけないのだ。
この球に込められた思いを無下にしない為にも。
戦ってはいけない。
戦ってはいけないはず・・・・・・なのに・・・・・・。
二人は巨大な敵に苦戦している。
連れ去られてしまった私の友達は、もうどこに居るかも分からない。
もしかしたら、もう・・・・・・。
いつかは、どらこちゃんたちも私の知らない場所で・・・・・・。
「いやだ・・・・・・」
怖いような、悔しいような。
そんな気持ちが渦巻く。
私が出て行ったって、どうにもなりません。
私は戦えません。
言い訳を作るが、そうじゃないことを私は知っていた。
「お母さん・・・・・・」
遂に抑えきれなくなって、言葉を吐き出してしまう。
この言葉を聞いたら、お母さんは怒るのだろうか。
「ごめんなさい。私、もう・・・・・・なんて言うか、辛いんです。何も出来ない・・・・・・何もしないのが・・・・・・」
一度言葉にしてしまえば、それは途切れることなく流れ出す。
「ずっと守ってもらってばかり、迷惑かけてばかり・・・・・・。もしかしたら、今出て行っても迷惑しかかけられないかもしれないですけど・・・・・・それでも、今は・・・・・・!!」
その為の球じゃない。
誰かを救う為に渡されたんじゃなくて、自分を守る為に渡された。
だから、みんなにごめんなさい。
出来れば、許してほしいです。
お母さんは、ため息をつくようにして、ただ正面を見つめていた。
その肩が小さく揺れる。
笑っているような感じがした。
「私だって・・・・・・辛いよ。みことおんなじ辛さ。今だってそう。何にも出来ないんだ」
「お母さん・・・・・・」
「二人を止める事も出来なければ、二人なしでどうしたらいいかも分からない。きっと私はみこも止められない。みんなより長く生きてるだけで、出来ることは何も無い。なぁーんにも。みこが苦しんでたあの時もそう。みんなどらこちゃん任せで、私は何も助けてあげられなかった」
お母さんが言っているのは、私がアンキラサウルスに襲われた時のことだ。
山のときじゃなくて、もっと前・・・・・・きららちゃんがまだ学校に来なかった頃の。
「そんなことないです。お母さんは・・・・・・私のお母さんですから!」
確かに、直接何かが出来たわけではないと思う。
だから、上手く言葉も出てこない。
けれども、そうじゃなくても何も出来ていなかったなんてそんなわけない。
「ふふ・・・・・・ありがとね。みこはやっぱりいい子に育ったよ。行って来な。見せつけてやりな。ただ・・・・・・ちょっとでも危なくなったらすぐに帰ってくるんだよ?ケガしてきたら悪い子だから・・・・・・」
「はい・・・・・・」
お母さんの言葉に、まじめに頷く。
お母さんは、私が行くことを許してくれたのだ。
それは一人で何もしない辛さを全部受け止めることでもある。
私を引き止められなかった分もまとめて・・・・・・。
「お母さん・・・・・・ごめんなさい。ありがとう。絶対戻るから・・・・・・みんな一緒に必ず・・・・・・」
「うん・・・・・・。それと、そう言うのは思うだけにしておきな。フラグ・・・・・・悪いおまじないになっちゃうから。因みに・・・・・・こうやってそれを指摘するのは、それを打ち消すおまじない」
お母さんの言ういつも通りよく分からない言葉も、とりあえず胸にしまって、車のドアに手をかける。
「言って来ます・・・・・・」
開いたドアからの、猛烈な風が私を出迎えた。
ドアの閉まった車内。
一人取り残されてため息をつく。
「本当は・・・・・・止めなきゃなんだけどな・・・・・・。二人だってそう・・・・・・。私、ダメな大人かなぁ・・・・・・」
気がつけばいつの間にか大人だった。
だから大人で居ようと思った。
けれど、私が小さな頃思っていた程大人は大人じゃなかった。
そのギャップを、今自分自身が大人になって感じている。
私が見上げた大人の背中は、大きくて、完璧で・・・・・・。
あの子達にとって、私はそう見えているだろうか。
大人だって一人の人間。
そんな簡単なことが、受け入れがたかった。
私は完璧じゃないし、大きく頼もしい存在じゃない。
「ま、でもいっか・・・・・・」
それでも、みこは私のことをお母さんと呼んでくれる。
あの子の母親で居られるなら、完璧じゃなくてもいい。
それはそれとして・・・・・・。
「あの二人にはお仕置きが必要だね。ビンタか尻叩きか・・・・・・。大人を思い知らせてやる」
その考え方からして、あぁ大人じゃないなって、そう思った。
続きます。