最大風速(22)
続きです。
水柱の噴出が始まる前に、青く光る地面を蹴る。
手放した傘が私の身代わりになるように呑まれた。
「どらこちゃん・・・・・・!」
アンキラサウルスの静かな笑い声が夜空に響く。
水球に閉じ込められてもどらこちゃんは冷静で、女の子の手を引っ掴んで外側に押し出していた。
やがて女の子の体は水球から弾き出される。
すると、タイミングを見計らったかのように頭上を風が通り過ぎた。
「まずいニャ・・・・・・!」
風にバランスを崩されながらも、見上げる。
私の頭の上を通り過ぎていったのは、上空でせせら笑っていたアンキラサウルスだった。
その青い半透明の体が、水滴を飛ばしながらまっすぐに女の子へと向かう。
「あぁ、もう!ダメダメダメダメ・・・・・・!!」
体勢も立て直せないまま走り出す。
どらこちゃんは拳に炎を滾らせて、脱出を試みていた。
しかしそのどちらも間に合わない。
「ゴロー・・・・・・!」
「分かったニ・・・・・・」
悪あがきで向かわせたゴローも、水に閉じ込められてしまった。
私も風にあおられて、べちゃっと転ぶ。
もうこれで転ぶのは何度目だろうか。
地に伏して、拳を握りしめて空を見上げる。
アンキラサウルスは両腕に抱えた女の子を撫でるようにして、笑った。
水球から脱出したどらこちゃんが炎を飛ばすが、アメンボを盾がわりに防がれてしまう。
「くっそ・・・・・・」
ざらついた地面に爪を立てて立ち上がる。
助走をつけて飛び上がるが、届くはずもなかった。
「降りてこい!卑怯だぞ!」
叫ぶが、それもまたアンキラサウルスを楽しませるだけだった。
どらこちゃんもほかに手がないから、炎を打ち出し続ける。
しかしアメンボたちが女王様のためにその命を投げ出すだけだった。
やがてアンキラサウルスは飽きたのか、もう笑い声も響かない。
一変したつまらなそうな態度で、自らの体の内側に女の子を押し込めた。
どらこちゃんはそれを見て、ついには屋根に登り出す。
風に吹かれながら塀を登り、そこから屋根に掴まり・・・・・・。
力任せに這い上がる。
やっとのことで屋根に上がっても、待っているのは打ち出された水弾だった。
その一撃に、無防備な体は簡単に弾き飛ばされ、私の目の前に落ちてきた。
「ど、どらこちゃん・・・・・・!」
慌てて、落下してきたその体に駆け寄る。
「きらら・・・・・・アイツを・・・・・・!」
どらこちゃんは立ち上がる時間も惜しいといった様子で叫ぶ。
伸ばした腕に纏う籠手は、すでにヒビが走っていた。
そのヒビから溢れるように、炎が熱が湧き出す。
「ごめん。ちょっと火借りるよ」
「え、ちょ・・・・・・」
私が火炎に手を突っ込んだことにどらこちゃんが驚く。
そんなことは気にせず、私は本来であれば掴めないはずの炎を掴む。
それは雨に冷やされ赤熱した刃を形作った。
「何をするつもりなんだ?」
「さっきと同じこと!」
いや、火力が十分な分こっちの方が簡単だ。
刀身から炎を噴出させながら、切先をアンキラサウルスに向ける。
「必殺・・・・・・爆熱ドリル。遠距離バージョン」
何倍にも増幅された炎の渦が、私たちの顔を照らす。
真っ直ぐに打ち出された炎の螺旋が風を切り裂く。
アンキラサウルスは焦る様子もなく盾を集めて対処するが、それらがドリルに届く前に絶命するのを見て焦りだした。
今この瞬間、初めて優位に立った。
ドリルの余波はアメンボを蹴散らすだけにとどまらず、ゴローを閉じ込める水球さえも蒸発させた。
アンキラサウルスが命中するギリギリで、回避に切り替える。
しかし避けきれずに、アメンボの形をした下半身を蒸発させた。
そして心臓の位置に女の子を閉じ込めたまま、アンキラサウルスはその羽を失い落下した。
「今・・・・・・!」
二人で、その今にも溶けそうな体に駆け寄る。
しかしアンキラサウルスも抜かりない。
アメンボに命じて、女の子を自らの体からさらわせた。
「ええい・・・・・・いい加減往生際が悪いぞ!」
どらこちゃんが、籠手を構える。
しかし、その攻撃から今度はアンキラサウルスがその身を呈してアメンボを守った。
どうやら獲物の確保が最優先らしい。
「こっちだって・・・・・・!」
負けじと再び剣を突き出すが、もうその刃に炎は宿っていなかった。
「ありゃぁ・・・・・・使い切りぃ?」
そうしている間にも、私たちの足元を波が洗う。
「今度は何・・・・・・!?」
剣から意識を戻す。
「これは・・・・・・少し骨が折れそうニャ」
「だな」
アンキラサウルスが、その身に雨を吸収する。
下半身が壊れたことで何かのタガが外れたのか、その体は冗談みたいな速度で膨れ上がっていった。
「こりゃワカメの比じゃないよ」
「言ってる場合か」
裾のように広がった下半身が、私たちの足首の高さまで溜まる。
その上半身だけで、既に塀の高さを通り越していた。
続きます。