最大風速(21)
続きです。
渦巻く曇り空に広げられた半透明の少女手のひら。
降り注ぐ雨に歓喜するように、静かな笑い声を上げた。
「何あれ・・・・・・?」
華奢な羽で飛んでいるのに、風の影響は全く受けない。
自らの体の周囲に、いくつかの水球を作り上げていた。
「とりあえずこの子は送り届けないと・・・・・・」
どらこちゃんは、水に濡れてしまった女の子を抱き抱えるようにして守っていた。
「うん・・・・・・そうだね。それには・・・・・・」
車の位置を見る。
あと少しで辿り着けるが、間違いなく横槍を入れられるだろう。
少なくとも、何かをされる前に車に辿り着くのは難しい距離だ。
冷えた指先で、顎に伝う水滴を拭う。
そうしている間にも、アンキラサウルスの攻撃は始まった。
浮かび上がった水球から針のように無数の水が放出される。
それは視認することすらままならず、雨と同じように容赦なく私たちに降り注いだ。
「どらこちゃん・・・・・・!」
「分かってる!!」
どらこちゃんが、女の子に覆い被さる。
降り注ぐ水の針を、その体で受け止めた。
だが、このままではどらこちゃんの籠手が壊れてお終いだ。
私は出来るだけどらこちゃんに重なるように立ち、剣を傘に戻した。
すかさずその傘を開き、盾へと作り替える。
「これで・・・・・・どうよ」
針が降り注ぐのは一方行。
一面が防げれば、進むことは出来る。
「助かる。これなら進めるな」
盾の影に身を隠すようにして、三人で固まって移動する。
「いっそ車から来てくれればいいのに・・・・・・」
「ただの雨とは訳が違うニャ。車とて射線上に入れば無事では済まない。あの人はちゃんとそう言うことは分かってるニャ」
「そう・・・・・・だね」
流石に直接食らっているだけはある。
その威力を身をもって体験しているゴローは言うことが違う。
みこちゃんのお母さんには、謝らなきゃいけないと思った。
色々と。
盾を打つ雨の弾丸の抵抗を感じながら、それを押し返すように進む。
盾とは言ったが、持ち手は傘そのままでなんだか変な感じだ。
盾からひょっこり顔だけ覗かせて、アンキラサウルスの様子を窺う。
細く鋭い水の針が顔を打つ度に、ゴローが声にならない悲鳴をあげた。
実際痛いだろうなぁと思う。
私も痛くはないが、目に入れば視界を奪われる。
少しの間覗いていただけなのに、すっかり視界は水で歪んでしまった。
それでも何度も瞬きを繰り返し、歪んだ視界に映るアンキラサウルスを観察する。
アンキラサウルスは指揮棒でも振るように、一見楽しげな様子で腕を動かしていた。
「あれは・・・・・・何やってるんだろう・・・・・・」
目元を腕で拭って、目を凝らす。
そっちに集中していると、突然のどらこちゃんの声で意識を引き戻された。
「おい!きらら!それどころじゃねぇぞ!」
「な、何・・・・・・!?」
言われて盾を構えたまま振り向く。
すると、背後から迫ってくるアメンボたちが視界に映った。
「さっきまでと・・・・・・動きが違うニャ・・・・・・」
ゴローの言うように、さっきまでの獲物に一直線の動きとはまるで違う。
一匹一匹が整然と並び、いくつかのチームを作り迫っていた。
「あ、あれはそういうこと・・・・・・」
まさにそのままあのアンキラサウルスは指揮者だったのだ。
手段は分からないが、アメンボたちを操っている。
「くそ・・・・・・!」
どらこちゃんが悪態をつきながら拳に火を灯す。
相手は変わらないが、先程の戦いのようにはいかないだろう。
何せこの傘の元を離れられないのだから。
「それか・・・・・・」
あるいは先に空を飛んでいるアンキラサウルスを退治できれば・・・・・・。
アンキラサウルスの様子を見れば、さらに水球の数を増やしていた。
「うおっ・・・・・・!?」
かと思えば今までより大きな衝撃が盾を襲う。
衝撃と同時に破裂した水が飛び散ったことから、水球を直接飛ばしてきたことがわかった。
一瞬盾を捲られそうになるが、踏ん張って耐える。
あの水球に命中すれば、きっとまた捕まってしまうのだろう。
あれはもう勘弁だった。
後ろではどらこちゃんが炎の杭を遠隔攻撃に転用してアメンボを着実に仕留めている。
なんだかんだでこの悪条件でも上手くやれてしまうあたり、流石どらこちゃんだ。
「どらこちゃん・・・・・・手が空いたらでいいけど、あれも出来ないかな・・・・・・?」
「分からんな。少なくとも今は数が多すぎる」
「だ、だよねぇ・・・・・・」
ダメ元で上空のアンキラサウルスに攻撃出来ないか確認するが、流石に厳しい。
何にしたって、無事に女の子を届けることが最優先だ。
背後に発生する熱風とオレンジ色の光を浴びながら、じりじりと車に進む。
どらこちゃんも傘に収めなければならないので、余計速度は落ちていた。
「む、来るニャ・・・・・・!」
「え?来るって、何が・・・・・・?」
次から次へと何だって言うのか。
ゴローはヒゲをピンと張って何かを感じとった。
「分からないニャ。でも何か・・・・・・これは・・・・・・下から・・・・・・?」
ゴローがそう言った瞬間、足元から青い光が伸びる。
見れば、地面が水面のように波打っていた。
「どらこちゃんやばい・・・・・・!」
「何が・・・・・・!」
お互いに何が起こるかは分かっていないが、それでも傘の外に出るのもお構い無しに飛びのいた。
その瞬間、私がさっきまで居た場所から水柱が吹き出すように上がる。
女の子の手を引いて飛びのいたどらこちゃんは、少し反応が遅れたのかその水柱に命中してしまった。
そこから、私の体験した現象が目の前で起こる。
例え指先が少し掠っただけでも、その水の飛沫は膨れ上がり、そして飲み込む。
「・・・・・・あ」
その光景を見届けながら踵から着地する。
目の前には、どらこちゃんと女の子が取り込まれた水球が一つ。
それに対処する暇もなく、私の足元は再び光り始めていた。
続きます。




