最大風速(18)
続きです。
水溜まりとアメンボを蹴散らしながら車は進む。
雨粒がガラスを伝って、後ろへ後ろへと流れて行った。
「さて・・・・・・見つけるまで帰さないなんて言ってもね」
みこちゃんのお母さんがハンドルを握りながら言う。
路面を滑る車のライトはアメンボの蛍光色を照らすばかりだった。
鳴くような風の音を聞きながら、民家から溢れる光の隙間を縫う。
見つからない。
どこをどう探せばいいだとか、そういう算段もなかった。
「外も・・・・・・よく見えないニャ・・・・・・」
いつの間にか元の姿に戻ったゴローが呟く。
確かに風に従って降り注ぐ鋭い雨の所為で視界はかなり悪かった。
「ど、どうしましょう・・・・・・」
困り顔のみこちゃんが、窓の外を眺める。
覗いた窓に不安そうな顔が映るだけだった。
「まぁ・・・・・・当てになるかは分からんが・・・・・・やり方なら無いこともない、と思う・・・・・・」
未だ髪から水滴を垂らすどらこちゃんが、いまいち煮え切らない様子で言う。
「な、何ニャ?なんでもいいから言ってみるニャ・・・・・・?」
「いや・・・・・・それが、あんま自信が・・・・・・」
「いいから!言うニャ!」
どらこちゃんが、ゴローに詰められてのけぞる。
ゴローを顔から引き剥がして、渋々口を開いた。
「・・・・・・まぁ、その・・・・・・なんだ?アンキラサウルスだって、何も目的無しにうろついてるわけじゃないだろ?」
「え、どゆこと・・・・・・?」
いまいちどらこちゃんが何を言おうとしているか分からず、首を傾げる。
「まぁ聞けって・・・・・・。あんな、だからアンキラサウルスはどうしてか分からんが人を襲うだろ?だから、アンキラサウルスの居るところ、その目指す場所には、人がいる・・・・・・はずじゃないか・・・・・・?」
言いながらも、どらこちゃんは自信を無くしていく。
しかし、聞く分には納得のいくものだった。
「なるほど・・・・・・」
「そ、そんな顔されても分かんねーからな!」
どらこちゃんが予防線を張る。
よっぽど自信がないようだった。
だが、まぁその理由もよく分かる。
現に道路で出会うアメンボたちは、家に張り付くものや、私たちの車を追うものばかり。
正しいにしても、それで発見に至れるかは微妙なのだ。
「まぁ、でも・・・・・・闇雲に走るよりはマシだね・・・・・・」
「わっ・・・・・・と、と・・・・・・」
お母さんが急にハンドルを切ったせいで、車体が傾く。
濡れた体がみこちゃんにぶつかってしまった。
「ごめん・・・・・・」
「い、いえ!全然!!」
車は、今まであまり通らないようにしていたアメンボが多く見られる道に入り込む。
数は多いし狭いしで最悪だ。
雨が流れるフロントガラスに、無数の不気味な蛍光色の瞳が蠢く。
中にはその羽を広げ飛んでいるものも居た。
「おや・・・・・・」
「これは・・・・・・もしかするかもしれませんね・・・・・・」
誰も近付きたがらないような、アンキラサウルスが集まる道。
最初はただ無秩序にひしめき合っていたそれらに、段々と共通点が見られるようになってくる。
頭は同じ方向を向き、列を成すようにして進む。
「び、ビンゴ・・・・・・か?」
どらこちゃんはまだ自信が持てないようだけど、明らかに今までの状態とは違った。
これならこの先に何もない方が不自然なくらいだ。
道は更に狭くなり、次第に明かりの点いている家が少なくなる。
そして・・・・・・。
ついに、アメンボがダマになるように密集している場所にたどり着いた。
「・・・・・・」
誰も何とも言わないが、そこを少し通り過ぎたところで車が止まる。
あの状態で、果たして無事で居られるのか・・・・・・。
みんなきっと一度はそう思ってしまっただろう。
車のワイパーが、風の中動き続ける。
「行って・・・・・・くるわ」
沈黙を破ったのは、どらこちゃんだった。
「わ、私も・・・・・・」
手元を探して、みこちゃんかそのお母さんが持って来たであろう傘を見つける。
「みこちゃん・・・・・・これ、借りていい?」
「あ・・・・・・は、はい」
答えるみこちゃんの顔は、どこか上の空というか、それどころではなさそうだった。
どらこちゃんは静かに籠手を起動して、車外に出る。
「あ、行って・・・・・・来ます・・・・・・。ゴロー・・・・・・」
私もそれだけ言って、ゴローを連れて車を出た。
車から少し離れたところで振り返ると、どうしたらいいか悩んでいるお母さんと、窓に両手をぴったりつけてこちらを覗くみこちゃんが見えた。
続きます。