最大風速(16)
続きです。
周りに居るアメンボは全てで八匹。
道路の上を滑るものや、家の壁に張り付いているものも居た。
足の先まで含めれば、丁度私と同じくらいの大きさ。
しかし風の影響は全く受けていない様子だった。
「さて・・・・・・やるか」
どらこちゃんが拳を打ち合わせる。
重い金属音が響き、火花が散った。
私も、当然何もしないでいるわけにはいかない。
自分の身は守らなければならない。
しかし、今は荷物は持っていない。
当然家を飛び出して行ったどらこちゃんを追って出たのだから、用意が無くても仕方ないだろう。
「ゴロー・・・・・・私を守って」
「まぁ・・・・・・仕方ないニャ」
ゴローが私の言葉に呼応して、その姿を変える。
もうすっかり見慣れたスーツ姿だ。
その強靭な体躯の前では雨風など無いのと同じ。
ゴローは拳を握りしめて、アメンボ威圧するように構えた。
蛍光色の瞳が、風の中を滑る。
アメンボは迷うことなく真っ直ぐとこちらに向かって来た。
「来るニャ・・・・・・!」
「分かってる。言われなくても・・・・・・こっちからいくさ!」
そう言ってどらこちゃんが地を蹴った。
水飛沫が飛び上がり、籠手からはジェットみたいに火炎が溢れる。
その燃え盛る拳は、一番正面に居たアメンボの背中に叩きつけられた。
アメンボはその細長い足で押しつぶされまいと抵抗するが、どらこちゃんの攻撃はまだ終わりでは無い。
そういう確信があった。
技名。
私がどらこちゃんから盗んだやり方の一つだ。
それをまだ聞いていない。
どらこちゃんは、拳に伝わる抵抗を楽しむように拳を押し付ける。
そして、ニヤリと笑った。
「フレイム・ボルト」
風の音に掻き消されることなく、その声は耳に届いた。
瞬間、炎が弾ける。
熱がブワッと広がり、どらこちゃんを中心に風を起こした。
アメンボの背に押し付けられた拳から、炎の杭が打ち出される。
それは既に逃げることの叶わないアメンボの体を貫いた。
「す、すごい・・・・・・」
昔勝てたのがただの幸運だったんじゃないかと思うほど、手際がいい。
貫かれたアメンボは体を内部から燃やされ、光と散った。
残り七匹。
ゴローもゴローで、着実に立ち回っている。
力強さにものを言わせて、囲まれても振り払い、多数相手に活躍していた。
どらこちゃんはもう次の標的に移る。
先程のように簡単にはいかないが、それでも軽快な身のこなしで悪条件のなか上手く立ち回っていた。
私も何か出来ないだろうか。
何か使えそうなものは無いかと、辺りを見回す。
すると、一体だけ戦闘に加わらずに私たちの周りを高速でぐるぐる回っているだけのアメンボを視界に捉えた。
最初の八匹の内の一つだ。
そのアメンボが高速で移動した軌跡。
その場所には大量の水球が発生していた。
それはアメンボが周回をする度に増えていく。
「何だろう・・・・・・これ」
ゆっくりと風に流されるようにしているその水球に人差し指を伸ばす。
「ちょ・・・・・・きらら!そう言うのはやたらに触らないものニャ!」
「え、そ・・・・・・」
そんなこと言われたって、そう言おうとしたが、それは出来なかった。
私の人差し指が触れた水球は突然膨れ上がり、私をその中に閉じ込める。
喋りかけて開いた口に、ごぽ、と水が流れ込んだ。
水球の中で、身動きも取れず、呼吸も出来ず、溺れる。
なんだかデジャヴ。
前に似たような状況に陥っていたときは、どうしていたか・・・・・・。
その記憶は吐いた空気と一緒に泡になって登っていってしまった。
水で歪んだ視界に、どらこちゃんが映る。
その姿に縋るようにジタバタすると、どらこちゃんは水球に拳打を打ち込んだ。
水球がそれに反応して、どらこちゃんまでをも飲み込もうとする。
しかし、それは打ち込まれた火炎の杭によって阻止された。
拳打の衝撃で水球の表面が波打ったかと思うと、今度は目の前に鋭いオレンジ色が伸びる。
大量の泡が弾け、視界が真っ白になる。
そして、水球が弾けた。
膨れ上がった泡に弾き出されるようにして、私の体が吹き飛ぶ。
弾けた水球は一瞬で湯気になってしまった。
「前もそうだったけど、あっつ!」
ゴローがいいながら八つ当たりするようにアメンボを殴る。
私は体を起こしながら、あの時もこうしたなぁと取り戻した記憶に一人納得していた。
「まったく・・・・・・気をつけろよな?」
「は・・・・・・はい・・・・・・」
どらこちゃんが、私のびしょ濡れの肩を叩く。
今は大人しくしておこうと、身に染みて思った。
水っぽい鼻水を啜る。
前髪から水滴がぽたりと垂れた。
続きます。