草陰の虚像(4)
続きです。
またまた授業中。
今度は体育だ。
体操服と紅白帽を被り、五十メートル走の順番待ちをしている。
みこちゃんはもう終わって、今はどらこちゃんとその他二人が走り出そうというところだ。
横を向く。
「何よ」
「なんで隣なんだよ......」
私の左隣りを走る人はさくらだった。
右隣りはその他一人だ。
スタートの合図に、旗が振り上げられる。
それと同時にどらこちゃんたちが走り出した。
距離が三分の一に達した辺りから、どらこちゃんが他の二人をぐいぐい引き離す。
そのまま距離は開き続け、あっという間に一人でゴールしてしまった。
ゴール地点でみこちゃんがどらこちゃんに駆け寄る姿が見えた。
しかし、どらこちゃんはどうやら運動能力が高いらしい。
まぁいかにも運動出来そうな雰囲気は漂っていた。
この次の次が、私の列の番だ。
右の子は知らないが、さくらには負けたくはない。
もちろん負けるつもりもない。
ウォーミングアップのつもりで脚を伸ばす。
「何やってんの?」
腰に手を当てて、さくらが見下す。
なぁに。嗤えばいいさ。
漫画とかなら、ウォーミングアップをしていないのは負けフラグだ。
「今に見てろよ」
「はぁ」
前の列が走り出し、とうとう私たちの番が巡ってくる。
砂を蹴りながら、最前列に向かう。
構える私を尻目に、さくらは体操服のポケットに手を突っ込んでいた。
「いちについてー......」
体育委員の子が声を張り上げる。
「よーい」
その声に合わせて、少しかかとを浮かせる。
目を閉じて、聴き逃すまいと合図を待つ。
「どん!」
完璧なタイミングで、一歩目を踏み出す。
出だしは良好。
小学生同士の競争なんて、よっぽど能力に差がないとこの位置関係を維持し続けるだろう。
そして私は一歩リードしている。
「て、あれ?あれれ......?」
二歩目で差が埋まり、三歩目で抜かされる。
他の二人と足の回転数はそんなに変わらないはずなのに、一歩また一歩と差が開いていく。
「な......なんで!?」
追いつこうと必死に手足を動かすが、地面に足が張り付くような感覚が強まるばかりだ。
私ってもしかして足遅い?
そう思った時には既に最下位が確定してしまっていた。
ゴール手前まで来ると、すっかり手足に力が入らず息も上がってしまう。
「うわっ......とと......」
足がもつれて、バランスを崩す。
そのまま前のめりに倒れてしまう。
とっさに伸ばした腕が地面にぶつかり、砂の上を滑る。その腕がゴールのラインを通過した。
「いたた......」
肘や膝についた砂を払いながら、立ち上がる。
膝を結構な勢いで擦りむいてしまった。なんでグラウンドの砂ってこんなに攻撃性能高いのを採用しているのだろう。
「あなた、追い回したときも思ったけど足遅いのね」
「んなっ......」
そういうさくらはしっかり一番でゴールしているので言葉が出てこない。
そんな私たちの元に、どらこちゃんたちが駆け寄る。
「きららー、大丈夫かぁ?......うわっ、おまえ膝めっちゃ血出てるじゃねぇか」
「大丈夫ですか?」
見ると、滲む程度だった血が溢れ出し重力に従ってふくらはぎを伝っていた。空気に触れる部分がひりひり痛む。
「ふん......」
さくらは二人が来たのを見て、つまらなそうに去っていった。
「あー......っと、どうしよ」
自分の体操着を見て呟く。
見事に砂だらけだ。
「と、とりあえず保健室です!」
私の「どうしよ」の意味を取り違えたのか、みこちゃんが私の腕を掻っ攫う。
「え、あ......まぁ大丈夫だよ」
別にこれくらいなんともないと強がるがどらこちゃんが釘をさす。
「どのみち洗ったり、消毒しなきゃだから行っとけって。先生には言っとくから」
「な?」とどらこちゃんが肩を叩く。
そう言われちゃ行かないってわけにもいかないだろう。
みこちゃんに引っ張られるまま、保健室へ向かった。
保健室の先生に広めの絆創膏を貼られながら放心状態で天井を見上げる。
横ではみこちゃんが私の手当てされる様をまじまじと覗き込んでいた。
「はい。これで大丈夫」
ゆるキャラのTシャツをきた保健室の先生が立ち上がる。
ポニーテールのまだ若い先生だ。
「ありがとうございます」
みこちゃんが言って笑う。
「また何かあったらおいで」
先生も片付けの片手間にそう呟いて笑顔を見せた。
保健室を出ながら、みこちゃんに話しかける。
「仲いいの?保健室の先生と」
みこちゃんが恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。
「あはは......。私も結構ケガするから......それで」
「なるほどぉ」
保健室の戸を閉めたのと同時に授業終了のチャイムが鳴った。
続きます。