最大風速(14)
続きです。
何も出来ない、もどかしい時間が続く。
みんなで顔を見合わせて、スゴロクもかたさないままに黙ってみこちゃんのお母さんの帰りを待っていた。
「みんな・・・・・・そんな顔しなくても大丈夫ニャ。片付けして、今は向かえる準備をしようニャ」
「ゴロー・・・・・・」
ゴローは明るい声を作って言うが、やっぱりそんな気持ちにはなれそうになかった。
「はぁ・・・・・・分かってるニャ。そりゃ無理がある。こんな状況で楽しく笑いましょうなんて・・・・・・。だけど、考えても仕方のないことニャ。せめて何かして気を紛らわせないと・・・・・・キミたちのことだからね・・・・・・」
行くべきではない。
みんな分かっている。
だけどゴローの言うように、このままでは押さえが効かなくなってしまうのも時間の問題に思えた。
納得は出来ない。
今すぐにでも飛び出したい。
だけどそれは行方不明の子供を増やすだけだ。
「そう、ですね・・・・・・」
みこちゃんが俯きながらも、スゴロクのマスを書いたスケッチブックを手にとって立ち上がる。
スケッチブックから三つの画鋲がカーペットの上に転がり落ちた。
「・・・・・・」
私も、何も言わずにその画鋲を拾う。
戻すべき場所を探して、腰を浮かせた。
どらこちゃんは窓の外を気にして、ずっとそちらをチラチラ見ている。
落ち着かないのか、唇を噛むようにしていた。
スケッチブックを片したみこちゃんが戻ってきて、私の手のひらから画鋲を回収していく。
「ありがとう・・・・・・」
「いえ、こちらこそ・・・・・・」
立っている理由の無くなった私は、それでも立っている。
このままだとふらふら外に向かってしまいそうで、だから何かやることはないかとみこちゃんの後ろ姿を追った。
その際、どうしても家の出口が気になってしまった。
「みこちゃん・・・・・・なんか他にあるかな・・・・・・?」
「え、あ・・・・・・着いて来てたんですか?まぁでも・・・・・・これといってやることも、ないですよね・・・・・・」
「・・・・・・そっか」
モヤモヤと胸中で不快感が湿気を纏って絡まる、引っかかる。
部屋に戻る帰り道、また自然と視線は出口の扉に吸い寄せられた。
しかし、今度はそこに動きがある。
車のタイヤが水を蹴る音が聞こえたのだ。
「あっ・・・・・・」
みこちゃんがその音に声を漏らし、立ち止まる。
私は急に止まったその背中にぶつかった。
「戻って来ましたね」
「そうみたいだね・・・・・・」
みこちゃんのお母さんが戻って来た。
そうなれば、落ち着いてはいられなかった。
これで、結果が分かる。
みこちゃんは、慌てて玄関まで走って行った。
「あ、ちょっと・・・・・・」
その後ろ姿に手を伸ばそうとすると、後ろから走ってやって来たどらこちゃんと肩がぶつかる。
「あ、わりぃ・・・・・・」
どらこちゃんも結果が気になるようで、それだけ言って玄関にかけて行った。
私も、その後を追う。
私が玄関前にたどり着いたタイミングで、丁度扉は開いた。
「あら、皆さんでお出迎え・・・・・・?」
そう言って扉の隙間から頭を覗かせるお母さんは、全身が雨に濡れている。
この風じゃまともに歩けないなんて言ってた癖に、きっと車外に出て探したのだ。
この人は。
「お、お母さん・・・・・・!」
ぐしょぐしょの状態は置いておいてといった感じで、みこちゃんが答えを急かす。
それにお母さんは疲れた笑みを見せて答えた。
こんな時でも無理矢理笑みを作れるのが、大人の強さなのかもしれない。
「ダメだった。子供なんて全然見つからない・・・・・・おまけになんだかアンキラサウルスだっけ?そいつらが出てて・・・・・・」
どらこちゃんがおそらくアンキラサウルスという言葉に反応して、身を乗り出す。
しかしその体は、お母さんの手に力強く押さえられてしまった。
「ちょっと・・・・・・話すべきじゃないことも話しちゃったかもしれないね」
「アンキラサウルスが居るんなら話は別だ。あたしたちはやらなきゃいけないことがある」
「無いよ!」
どらこちゃんの言葉に被せるように、お母さんは少し語気を強めて言った。
その後、すぐに元の調子に戻る。
「・・・・・・ごめん。でも・・・・・・君たちがやらなきゃいけないなんて、そんなことはないよ。これは私たち大人がやらなきゃいけないこと。ごめんね」
どらこちゃんは、そのままお母さんの手に押し戻される。
お母さんはその頭を撫でるように叩いた。
濡れた靴下を脱ぎながら、お母さんが家に上がる。
濡れた髪を掻き上げて、みこちゃんに向かって言った。
「ごめん・・・・・・お母さん着替えてもう一回行く。だから、夕ご飯はみこに任せていい・・・・・・?」
「お、お母さん・・・・・・」
みこちゃんは不安そうにしているが、しばらくすると黙って頷いた。
そのままお母さんは急ぎ足でお風呂場まで向かって行く。
脱衣室の扉は閉じられ、そこからお母さんのシルエットだけが見えた。
「わりぃ・・・・・・」
お風呂場の方を見ていたら、ボソッと言い放ったどらこちゃんの声が風の音と一緒に耳に届いた。
「え・・・・・・」
「どらこ・・・・・・!!」
私が玄関の方を見るのと同時に、ゴローの叱りつけるような声が響く。
その声から逃げるように、どらこちゃんはするりと外に出て行った。
「あ、ちょっとどらこちゃん・・・・・・!?」
いきなりのことにつまずきそうになりながら、ゴローを追い越して玄関のドアを押す。
「きらら、ダメニャ!」
「分かってる!けどどらこちゃんが・・・・・・!」
「あ、あの・・・・・・えっと、私は・・・・・・?」
みこちゃんが今にも泣き出しそうな顔で、こちらを見つめている。
胸の前で力強く手のひらを握って、救いを求めるようにこちらを見ている。
「ごめん・・・・・・みこちゃんは、お母さんとの約束もあるし、待ってて・・・・・・。どらこちゃんは連れ帰る。猫の子も、出来たら・・・・・・」
「きらら!待つニャ・・・・・・!あぁもう・・・・・・!!」
私も、悪天候の暗い街へと繰り出す。
みこちゃんに向けて言った言葉が、みこちゃんにとって救いとなったかは分からない。
時刻はまだ三時過ぎか四時くらいだけれど、暴風雨の空は夜のように暗かった。
シャワーだけ浴びて体を中途半端に温めて、すぐに浴室から出た。
濡れた服を洗濯機に放り込んで、そこで着替えを持ってきていなかったことに気づく。
扉越しにはなってしまうが、バスタオルで体を包みみこを呼んだ。
「みこぉ?ごめんだけど・・・・・・私の服持ってきてくれる?みこぉー?」
みこが今どこの部屋に居るかは分からないし、声が届くか心配だったが、問題なく足音はやって来た。
みこが脱衣室の扉を開く。
「いやん、えっち」だとか、そんなことを言ってやろうかと思ったが、みこが手に何も持っていないこととその表情から、ふざけたことを言うのはやめた。
ただ真っ直ぐに、聞くべきことを聞いた。
「二人は・・・・・・?」
みこの唇が泣き出しそうにわなわな震える。
「それが・・・・・・二人が、二人が・・・・・・!」
「あんの馬鹿ども・・・・・・」
正直やらかしかねないとは思っていたが、隙を見せてしまったのはこちらだ。
子供にこんな危険なことをやらせるわけにはいかない。
たとえ上手くいく算段があってもだ。
特別な力を持っていようがなんだろうが、誰かの大切な子供に他ならない。
まだ見つからないあの子や、私にとってのみこのように。
急いで脱衣室を飛び出し、自分で服を取りに行く。
箪笥の一番手前側にある服を取って、雑に袖を通した。
着替え終わると、みこがこちらを不安そうに見つめているのに気づく。
ほんとにこの子は・・・・・・。
「・・・・・・はぁ。着いて来な。みこに勝手に出られても困るし。まだ車の方が安全だもんね・・・・・・」
「は、はい・・・・・・!」
みこに念のため普段使わせている雨具だけ持たせて、一緒に車へ向かった。
とりあえずあの二人も見つけなければ、叱りたくても叱れないし。
「行くよ・・・・・・」
フロントガラスを絶え間なく雨粒が打つ。
夜のように暗い空には、暴風に翻弄される枝が伸びていた。
「はい・・・・・・」
みこの返信を受け止めて、アクセルを踏んだ。
続きます。