夜に這う獣(10)
続きです。
与えられた時間は三十秒。
決して長くはない。
だが三十秒あれば・・・・・・。
「ゴロー・・・・・もっかいパワードいける?」
ゴローはシールドの向こうでふわふわ浮かんでいる。
「いや・・・・・・きららに触れないと・・・・・・」
「それは大丈夫だから」
頭の中では既に組み上がっている。
たぶん残り時間との勝負になるだろう。
「おい!お前何やってんだ!?三十秒しかないぞ!」
ノワールが焦った様子で叫ぶ。
ユノは三十秒後を待っているようで、既に私から距離をとっていた。
ユノが何もしないか気にかけながら、ノワールに駆け寄る。
シールドも私の動きに合わせて動いた。
「お、おい・・・・・・あまり近づくなよ・・・・・・」
「分かってるよ!・・・・・・とにかく、シールドを私じゃなくて、ユノに張れない?」
「・・・・・・は?馬鹿か?」
ムカつくけど言い合ってる暇はない。
てか今何秒・・・・・・?
「とにかく!ユノをシールドに閉じ込めて欲しいの。・・・・・・これって、この・・・・・・合わせて動かないようにも出来るよね・・・・・・?」
「そうならそうと早く言ってくれ・・・・・・。たぶん設定を変えればいけるはずだ」
言いながらノワールは慌てて端末を操作し始めた。
画面に指を触れるだけで、映し出されるものがぬるぬる切り替わる様は見ていて何とも不思議な、面白い感じがする。
「ね、私もそれ触りたい・・・・・・」
「後にしてくれ・・・・・・!」
怒られたので、おとなしくノワールの後ろ側に周った。
ノワールの肩越しに画面を見つめる。
「「なんか凄いね」」
ゴローと一緒に、よく分からないながらも技術の進歩を感じた。
「・・・・・・出来た」
そう言いながらノワールは画面を押した。
すると私を囲っていた光が消えて、目玉がユノへ向かって飛んでいく。
ユノはシールドが無くなった途端に、真っ直ぐにこちらを目指した。
しかし、その行手を目玉が阻む。
すると立ち止まり、そして背後に四本の棘を出現させた。
「げ・・・・・・何あれ・・・・・・」
展開されたシールドは予定通りユノを閉じ込めるが、素早く射出された棘はミサイルのようにこちらを狙った。
「うわ避けて・・・・・・!」
慌てて、ノワールを突き倒す。
まるで水晶のような質感の棘は私を狙っているようで、ノワールを追尾することは無かった。
「ゴロー、パワード早く!」
ユノに背を向けて思い切り走る。
水晶の棘は屈折を繰り返し、複雑な軌道で、しかししっかり私を追尾していた。
私の声に応えたゴローがやってくる。
私はその小さな体に手を触れた。
「まったく・・・・・・きららも無茶させるニャ・・・・・・」
瞬く間にゴローの体は膨らみ、筋骨隆々を形作っていった。
「ごめんって・・・・・・後で何でも一つ言うこと聞くから」
宿題でもなんでもやってやるとゴローの胸を叩く。
ゴローは私の言葉を疑いの視線で睨みながら、私の体を脇に抱えた。
その後、素早く地面スレスレを滑るように飛び、ノワールも逆側の脇で回収する。
あとは棘から逃げ切るだけだ。
「うひゃぁー・・・・・・ゴローもっと速く!」
「もっと丁寧に抱えたまえ!」
「・・・・・・うるさいやつらニャ」
ゴローの飛行速度も速いが、ミサイルはもっと速い。
ユノとの距離は順調に開くが、ミサイルとの距離はじわじわ縮まっていた。
「ゴロー・・・・・・!」
私が急かすと、ゴローは腋をきつく締める。
もしかしたら怒らせてしまったかもしれない。
「落ちるんじゃないよ・・・・・・!!」
そう言った瞬間、ゴローが急加速する。
腕からすっぽ抜けそうになるが、きつく締められた腋からすり抜けることはない。
「ちょ・・・・・・怖いんですけど・・・・・・」
「あんまり喋ってると舌を噛むニャ・・・・・・」
そう言うゴローは少し嬉しそうだった。
たぶんこのセリフに憧れがあったんだと思う。
加速したゴローが目指すのは空。
追尾する結晶は後を絡みつくように追う。
ゴローは雲をも突き抜け、月にも届きそうな位置までやってくると、今度は急降下した。
鳥に攫われたときのことを思い出す。
またチビりそうになりながらも、内臓をもて遊ぶ浮遊感に歯を食いしばって耐えた。
「ちょ・・・・・・ぶつ・・・・・・!・・・・・・あ!ああああー!!」
「うるさいニャ・・・・・・」
あっという間に視界を道路が埋め尽くす。
ゴローはアスファルトにぶつかる寸前で、方向を変えた。
鼻先を路面が高速で流れる。
「んー!んーー!!」
生きた心地がしない。
恐怖に喚き散らしながら、バタバタする。
ゴローには申し訳ないけど、止めることは出来なかった。
曲がりきれなかった水晶が、道路に激突し砕ける。
しかし一つだけ、遅れて来たのが追尾を続けていた。
足の指先に、結晶の気配を感じる。
しかしそれもギリギリのところで躱し、結晶はブロック塀に衝突し砕ける。
ゴローはそのままの速度で、開いていた窓から私の部屋に飛び込んだ。
ゴローが発生させた風に、紙くずが舞う。
そこでやっとゴローは止まった。
ゴローの大きさが元に戻り、私とノワールが落下する。
心臓がバクバクするばかりで、全身に力が入らず床から立ち上がることが出来なかった。
ノワールも目を回してぐったりしている。
震える腕で股ぐらを触るが、ズボンは濡れていなかった。
ゴローがガラガラ窓を閉じる。
もう私たちを追うものは無さそうだった。
床に頬擦りしながら、親指を立てる。
ゴローはそれに尻尾を立てて応えた。
「・・・・・・おつかれ・・・・・・」
「まぁ、その・・・・・・お疲れニャ・・・・・・」
散らかった部屋に、私の腕がパタリと倒れる音が響いた。
続きます。