夜に這う獣(8)
続きです。
何やら追い詰められているようなので、ゴローを飛ばした。
その判断は間違っていなかったようだ。
「えっと・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
ゴローが未だ少女を押さえつけているのを確認して、ノワールに手を伸ばした。
「あ・・・・・・あぁ。なんとか」
そう言ってノワールは私の手を掴む。
ボロボロになった爪のザラザラした感触が手のシワに刺さった。
「きらら・・・・・・そろそろ・・・・・・!」
ノワールを立ち上がらせると、ゴローの震えた声が聞こえてくる。
見ると、もうパイプを押さえる腕が限界のようだった。
「ゴローの筋力と互角って・・・・・・なかなか・・・・・・」
「気をつけろ。あいつはそこらの能力者とはレベルが違う。何と言うか・・・・・・異質だ・・・・・・」
ノワールが悔しそうに呟く。
しかしその表情はすぐに悲しそうな顔に変わった。
「うわっ・・・・・・!」
ゴローが道路から飛び上がる・・・・・・いや、少女の一突きで引き剥がされた。
空中でゴローの体は萎み、頼りないぬいぐるみの姿に戻る。
そのすぐそばで、少女はゆっくりと立ち上がった。
「あなた・・・・・・何者なの?何がしたいの?」
鉄パイプの少女・・・・・・一連の事件の犯人に聞く。
少女はゆらりと揺れるように体の正面を私に向けた。
「あれは・・・・・・ユノだ」
ノワールが小さな声で言う。
「ユノ・・・・・・?」
「私たちの組織の・・・・・・リーダーだ」
そう言ってノワールは自嘲気味に笑った。
「え・・・・・・じゃあ?」
何でノワールと敵対しているのか。
そもそも何故ブランが襲われたのか。
今までだって・・・・・・。
「結局、あの女が何を考えているかなんて誰も知らないのさ・・・・・・。いや、もしかしたら一人・・・・・・」
ノワールが俯く。
ユノと呼ばれた少女はまっすぐに私たちの方を見ていた。
「救世主。私が何者かは、あなたたちも知っているはず。誰もが、知っているはず」
突然、空気に溶けていくような澄んだ声が響く。
先程までゴローと取っ組み合いをしていたとはとても思えない涼しげな声だ。
言っている内容は・・・・・・何と言うか、電波・・・・・・?
「救世主・・・・・・って、何人もの人をケガさせて、挙げ句の果てに・・・・・・」
おまけに二次被害で私は殴られたのだ。
当然、野放しにしておくわけにはいかない。
「世界を救うことは、必ずしも人を救うことではない。必要なら間引く」
「間引くってそんな・・・・・・」
ユノは光を散らしながら、話は終わりだとばかりにパイプを握り直す。
静かな瞳が怪しく光った。
「ゴロー・・・・・・何か持って来て」
近くに寄って来たゴローに武器の調達を頼む。
ゴローは少し迷う素振りを見せて、私の元を離れた。
「きらら・・・・・・戦うつもりか?」
「あんたに殴られた恨みもあるしね・・・・・・」
「あれは・・・・・・!」
ノワールと言葉を交わしている間にも、ゴローが私に木の枝を届ける。
これで、十分だ。
受け取った枝を素振りしながら、金属バットに変化させる。
それを立っているユノの姿に重ねて構えた。
「・・・・・・」
ユノは何も言わない。
しかし逃げるつもりも逃すつもりもないということだけは確かだ。
「・・・・・・っ」
前傾姿勢になって駆け出す。
「おい・・・・・・きらら!・・・・・・あぁ、もう!」
その後ろにノワールも続いた。
これで二対一。
暗闇の中、二つの金属が月の光を受けて静かに輝いた。
続きます。