夜に這う獣(6)
続きです。
「わぶっ・・・・・・!?」
ゴローに言われた通りに、一旦入り口を塞ごうとしていたときだった。
突然、視界に灰色のタヌキのような生き物が飛び込んでくる。
「あ・・・・・・ちょ!」
顔にふわふわの毛の感触を感じる。
しかし顔にかかる体重はそんなかわいいものではなかった。
飛び出して来た動物は私の顔を蹴ってどこかに消える。
私はと言うと、掴まっていた脚立と一緒に倒れてしまった。
「・・・・・・ったた・・・・・・」
脛の辺りにホネにヒビでも入ったんじゃないかというような痛みが走る。
脚立の角がいい具合に命中してしまったのだ。
顔を顰めて、丸まるようにして痛みを堪える。
目は瞼の裏側の暗闇を映しているが、カチャカチャと動物の爪が床を蹴る音が聞こえるのでまだこの部屋に居るのが分かる。
というか、どこも開いていない。
「いてぇー・・・・・・あひぃー」
痛みに足の指をわちゃわちゃさせて、用意していた装備を手探りで探す。
指先が触れた座布団を、そのまま指を引っかけて体に引き寄せた。
動物の慌ただしい足音はまだ続いている。
逃げ場を失ったとなれば向こうもパニックなのだろう。
痛みもやっと引いてきた。
パニック状態の野生動物は何をするか分かったもんじゃない。
ケガをする前に装備を装着せねば。
動物が近くにはいないのを確認してから急いで丸めた座布団に手足を通す。
これで完璧だ。
「き、きらら・・・・・・!無茶かもしれないけど捕まえるニャ!このままじゃ部屋が・・・・・・!」
いつの間にか降りてきていたゴローに急かされる。
未だにパニックの動物は暴れ回っていた。
「何これ・・・・・・?なんか思ったより恐いんだけど・・・・・・」
動物の素早い動きに翻弄されて、怖気付く。
何度か捕まえられそうなタイミングもやってくるが、その剥き出しの牙を見ると伸ばそうとした腕が萎縮してしまうのだった。
「アライグマニャ!今は逃げ場を失って攻撃的になってる!噛まれないように気をつけて!」
「ご、ゴローがやってよ・・・・・・!」
「ボクじゃ力が足りないニャ!」
暴れるアライグマが私の近くを通る。
私は驚いて反射的に身を引いてしまった。
しかも、その時にゆるゆるの座布団がすっぽ抜ける。
「あやや・・・・・・」
言っている間にも重力に従って両手の座布団も落下した。
座布団に意識の何かを刺激されたのか、アライグマが私の正面で立ち止まる。
その表情は獰猛な捕食者そのものだった。
毛を逆立てて、牙を剥き、蛍光灯に照らされる瞳には確かな意思が宿っていた。
「やられる前に殺る」と。
「きらら・・・・・・!」
ゴローが叫ぶのと一緒に、アライグマが私に飛びかからんと身を屈める。
「ええい、ままよ・・・・・・!」
私はなりふり構わず、その獣に向かって飛びかかった。
瞬間、足首に違和感を覚える。
私のよく知っている柔らかさ、質感・・・・・・。
私の足は、自分が用意した座布団に引っかかった。
「あや゛ぁぁぁ!!」
もう訳の分からない音を喉から出して耐えようとするが、私の体は止まらない。
引っかかった足先を置き去りにして、上半身のみが前へ・・・・・・。
「ふべ・・・・・・」
受け身も取れず不細工に倒れる。
ぶつけたおでこがひりひりした。
しかし、お腹の辺りに私以外の生物の体温をしっかりと感じる。
もうここまで来たら恐がってる場合じゃない。
無理矢理手を動かして逃げられる前に毛の塊を捕まえる。
腕の中で力強く暴れるのを感じた。
「ゴロー、窓開けて!」
ここからは時間勝負。
噛まれる前に、引っ掻かれる前に・・・・・・。
立ち上がって、私が駆け出すのと同時に、ゴローが窓を勢いよく開く。
「ひぃぃぃい・・・・・・!」
噛まれる恐怖から目を背けながらも、私は暴れるアライグマを抱えて窓から飛び出した。
「え!?きらら・・・・・・!?」
突然窓から飛び出した私にゴローが驚く。
私の部屋は二階だ。
たぶん動物がそこから放られても大丈夫なのだろうけど、少し心配だった。
だから、私ごと飛び出したのだ。
だが・・・・・・。
「やばい・・・・・・私はケガするかも・・・・・・」
予想以上の高さに、血の気が引く。
スーッと体の芯が冷たくなって、お腹の筋肉がキュッとなる。
庭に向かって、私の体は落下していく。
引っ掛かるような木も生えていない。
いよいよダメかもしれないと思ったときに、私のお尻を弾力のある中かが受け止めた。
「ゴロー・・・・・・!?」
微妙にバウンドして、私は危なっかしく庭に踵から着地する。
少し湿った土がひんやりした。
「力、あるじゃん・・・・・・」
「瞬間的なものニャ・・・・・・」
落ち着く暇もなく、アライグマは私の腕から飛び出す。
逃げ去っていくその後ろ姿を、私は走って追った。
そりゃあもうしつこく追う。
「二度と来んなよぉ!おまえのために言ってんだかんな!」
裸足で庭から飛び出し、道路を逃げて行くアライグマを追う。
足の速さの差は歴然で、どんどん距離は開いていく。
それでも、もうほとんど見えなくなっても追い続けた。
「もうそろそろ大丈夫そうニャ・・・・・・。これだけ恐い思いすれば、余程のことがない限り戻って来ないはずニャ」
ゴローの声を聞いて、速度を緩める。
背中は薄ら汗で濡れていた。
ジョギングくらいのスピードまで落として、惰性で走る。
「ゴロー・・・・・・」
「何ニャ・・・・・・?」
「二階から落ちたとき・・・・・・ちょっとチビったかも・・・・・・」
「えぇ・・・・・・」
パンツが汗以外の何かで濡れているのは薄ら感じていた。
絶叫アトラクションとか、乗らない方がいいかもしれない・・・・・・私は。
テレビで見たりとかでちょっと憧れはあったけど。
減速しながら走っていると、視界の端に淡い光が映る。
ここら辺の街頭はあるだけでほとんど機能していないので、それではないだろう。
「何あれ・・・・・・?」
「何か光ってるね・・・・・・。まぁ、今はさっさと帰って寝た方がいい時間ニャ・・・・・・」
ゴローはそう言うが、少し気になるので再びペースアップしてそちらへ向かう。
近づくと、光の粒が舞っているのが見えた。
「これって、ノワールが言ってた・・・・・・」
「というか、ノワール本人じゃないかニャ・・・・・・!?」
ゴローが私の声に被せて言う。
確かにその光の中で尻餅をつく見たことのある黒フードが見えた。
「これって・・・・・・襲われてる?」
相手は分からない。
民家の兵が上手いことその姿を隠していた。
「と、とりあえず逃げ・・・・・・」
「いや、助けなきゃ!」
もし、ブランと同じ人に襲われてるとなれば、ノワールも無事では済まない。
「き、きらら・・・・・・!」
「だって・・・・・・!」
「あぁ、もう・・・・・・分かったニャ!」
ゴローの同意も得て、全速力に切り替える。
汚れた足と濡れた下着はひとまず放っておいて、目の前の光に向かって行った。
続きます。




