夜に這う獣(2)
続きです。
「・・・・・・と言うわけなんだよ」
数日後、私の家には再びみんなが集まっていた。
自由研究の進捗の確認と、それが済んだら残りの宿題を手伝ってもらう。
そういう予定になっていた。
自由研究には今のところ進捗がないというか・・・・・・いつものサボり癖が出てしまって後回しにしている。
なので、今はさくらを先生代わりにワークを進めていたのだ。
ちょうど私とさくらと同じように、どらこちゃんはみこちゃんに教わっている。
そんな中、ただ鉛筆をカリカリ鳴らしているのも退屈なので、屋根裏の侵入者について話しながらやっていた。
問題集の上をゴローの影が通り過ぎる。
「あんたはまたしょーもないこと考えてんのね」
さくらが私の答案を確認しながら呟く。
「しょうもないかなぁ・・・・・・」
私としては一つの命の話だから、そんな感じはしなかった。
くるぶしの辺りに痒みを感じて、手で掻く。
すると、指の腹が何か液体で濡れるのを感じた。
「ん・・・・・・?」
「どうしたのよ・・・・・・?」
私が手のひらを覗くと、さくらもそちらを見つめた。
「あ、蚊だ・・・・・・」
広げた手のひらには潰れて丸まった蚊の死骸と、吸われていたであろう赤い血液で汚れていた。
「ほらよ」
どらこちゃんが問題集から視線を動かさずに箱ティッシュを突き出す。
「ありがと」
私はその箱を左手で受け取った。
その箱からティッシュを一枚引き出し、血と死骸を拭う。
丸めたティッシュはゴローに押し付けた。
「蚊、まだ居ますね」
「まぁ、夏だからな」
天井の方を見上げるみこちゃんに、どらこちゃんがそう答える。
確かに探せばいくらでも見つかる気がした。
「蚊取り線香持って来る?」
「・・・・・・」
私の提案に、さくらが何か言いたげにしている。
「ん?何さ・・・・・・?」
「いや、蚊はいいのね・・・・・・」
「んあ・・・・・・?」
と、そこで気づく。
指の上で潰れている小さな虫には何も思わず、むしろ嫌悪感すら抱いた。
殺すための道具の名を、なんの躊躇いもなく口にした。
「ああ・・・・・・」
蚊って、そういえば生き物だった。
そんな風に思ってる自分が気持ち悪く感じた。
「まぁ・・・・・・仕方ないと言えば仕方ないのかもね。あんたも、あんまり考えないことよ」
「うん・・・・・・」
さくらの言う「しょうもない」の意味がよく分かった。
屋根裏に居る正体不明の動物は可哀想で、蚊は可哀想じゃない。
本当に、しょうもない。
「ま、可哀想なら可哀想でいいんじゃねぇか?」
どらこちゃんが蚊を叩いて、あくびをこぼす。
手のひらは服で拭っていた。
「確かに蚊からしちゃ酷い話だろうけど、可哀想って思ったんならそれはもうそういうことだし・・・・・・まぁ結局はあんま考えんなってことだな」
「それは・・・・・・そう、なんですかね?」
みこちゃんがどらこちゃんの言葉がしっくり来ないようで首を捻る。
私も分かるような分からないような・・・・・・。
でも、屋根裏の動物のことを可哀想だって思ったのは本当で、だからそれで・・・・・・ん・・・・・・?
「勝手に一人で混乱してんじゃないわよ。なんであれ・・・・・・この場合どうするべきかなんて言うのはナンセンスなんだから、結局はどうしたいのってことでしょ」
「そうなのか?」
さくらの言葉にどらこちゃんが間抜けに口を開ける。
結局のところみんな混乱してるみたいだった。
「まぁまぁ・・・・・・とりあえずこの話は終わりニャ。あんまり言ってると地球で生きていけなくなるニャ?」
「火星では・・・・・・?」
「それはまた全然違う話ニャ・・・・・・」
一回頭を空っぽにして、四肢を投げ出す。
畳に頭をぶつけて、寝転がった。
「ちょっと、宿題はちゃんとやりなさいよ・・・・・・」
さくらの小言を無視して、天井を見上げる。
「・・・・・・そうだよね。結局何も出来ないもんなぁ・・・・・・」
結局、私は屋根裏の住人を助けることは出来ない。
どうしたいのかは明白かもしれないけど、どうしたらいいか分からない。
「いや・・・・・・それはそうでもないと思うぞ?」
どらこちゃんが私の足をテーブルの下で蹴る。
「どう言うこと?」
「だって、害獣の駆除って業者みたいなのがやるわけだろ?なら、お前が家から追い払えばいいじゃんか」
「そんなこと出来るわけ・・・・・・」
「あら、出来ると思うわよ?」
「えぇ?」
さくらの言葉に再び体を起こす。
普通の人にそんなことが出来るわけがないと言おうとして、今は普通の人でもないということに気づく。
どれだけ獰猛でも、アンキラサウルス程危険でもない筈だ。
「でもそれって逃しても結局・・・・・・」
みこちゃんが言い淀む。
私が追い払ったとて、他の家に住み着くかもしれない。
そうなれば一巻の終わりだ。
「でも、このままよりは・・・・・・」
このままなら、確実に助からない。
どの道家には居させられないし、ならば僅かでも小さな可能性に賭ける他ない。
「まぁ・・・・・・夏場は屋根裏も暑いから前から居たわけじゃなければあまり民家には寄り付かないかもしれないニャ」
「じゃあ・・・・・・」
問題はほぼ解決出来ていない。
けれども、私の納得の仕方は見つかった。
やれることをやる。
それが子供の私の最大限だ。
続きます。