黒の再来(3)
続きです。
少女が、座敷に足を踏み入れる。
おばあちゃんはそれを見届けてから、障子を閉じた。
おばあちゃんの足音が遠ざかると、少女は俯き加減でフードの影をより一層濃くして口を最小の動作で開いた。
唇の隙間から、小さな声が漏れる。
「・・・・・・お前か・・・・・・」
「へ・・・・・・?」
みんなは驚いたように黙っている。
そんな中、突如現れた少女は確実に私の方を見下ろしていた。
動揺する私をよそに、こちらに駆け寄る。
目の前でしゃがんだかと思えば、突然私の胸ぐらを掴んできた。
引っ張られて腰が少し浮く。
「あの・・・・・・な、何・・・・・・?」
「お前か!蒼井きらら!お前がブランをっ・・・・・・!!」
少女は怒りに顔を歪めて、拳を振り上げる。
しかし周りのみんなの視線で、その腕は力無く垂れた。
この少女は今確かに「ブラン」と、そう言った。
私が謝らなければならない少女、ブラン。
その名前を知っているということは・・・・・・。
「あ・・・・・・あなたが、ノワール・・・・・・?」
その問いに答えたのは、少女本人ではなくみこちゃんだった。
「そうです・・・・・・その子が、ノワールです」
やがて私の胸ぐらを掴む手からも、力が抜ける。
その手のひらは空を力強く握りしめた。
私と少女・・・・・・ノワールの間に、ゴローが割って入る。
私はとりあえずその場に座り直した。
「・・・・・・まぁとりあえずまずは話すニャ。今のきららを見て貰えば分かると思うけど、何もピンと来ていないニャ。落ち着いて・・・・・・説明を」
ゴローはそう言うが、もちろんブランに関してのことは心当たりがあった。
どらこちゃんは腕を組んで動向を見守る。
さくらもテーブルに指を置いて、私たちを眺めていた。
ノワールは、ボソボソと喋り出す。
「ブランは・・・・・・あの日、酷く傷つけられた。眼帯だって、普段は私と逆側なのに今では私と同じ右目に眼帯をしている。そんなブラン・・・・・・見ていられない・・・・・・」
「それは・・・・・・」
ゴローが何か言おうとするが、私はそれを制した。
そして、正直に白状する。
「たぶん、そう。私はブランを傷つけた。私の所為、だと思う」
「やっぱり・・・・・・!」
ゴローを払い除けて、再びノワールの手が伸びる。
その指は再び私の胸ぐらを捉えた。
「あぁ・・・・・・ちょっと・・・・・・」
みこちゃんが止めようと手を伸ばすが、その腕をゆっくり引っ込めた。
「お前の所為でブランは・・・・・・!」
「・・・・・・」
ノワールが力一杯私を揺さぶる。
その表情はとても悔しそうだった。
きっとノワールという少女にとって、ブランはとても大切な人なのだろう。
姉妹だかも分からないが、殴られるくらいの覚悟はあった。
再びノワールは拳を構える。
「お前の所為でブランは大怪我。骨折に・・・・・・おまけに顔にまで傷をつけやがって・・・・・・!その所為で右目に眼帯を・・・・・・!こだわりを捨てなければならなかった!」
「え・・・・・・ちょっと待って、思ってたんと違う」
聞いてみれば、ブランが怪我?
全く心当たりが無い。
あ・・・・・・心の骨折ってこと・・・・・・?
色々と分からないままなのに、ノワールの拳は迫る。
「あ・・・・・・ちょっと、ちょっと待って・・・・・・!ちょ、ま・・・・・・おわっ・・・・・・!?」
抵抗虚しく、ノワールの拳は私の顔を捉えた。
衝撃が骨に響き、後方に突き抜けた。
「痛ぁぁぁぁぁああんっ・・・・・・!!」
父さんにも殴られたことないのに・・・・・・!
人生初殴られの痛みに、畳の上をのたうつ。
殴られる覚悟は出来てるとは言ったが、聞き覚えのない罪状で殴られる準備は出来ていない。
きっと痛みも三割り増しだ。
「あーっと・・・・・・どういうことニャ?」
ゴローがふよふよ宙に浮かぶ。
その問いに答えるものはいなかった。
「まぁ・・・・・・とりあえず分かったことはあるな」
どらこちゃんが組んだ腕を解く。
「そうね・・・・・・」
さくらもそれに相槌を打った。
みこちゃんが、ノワールの震える肩を宥める。
「と、とりあえず・・・・・・きららちゃんは殴られ損でしたね!」
その声が無駄に元気いっぱいで、だからこそ今の空虚な胸に響いた。
あー・・・・・・なんだったん、今の?
とりあえずどうも私は冤罪で、ブランは今怪我をしている、ということらしい。
肩を落とす私の前では、ただノワールの行き場のない怒りがゆらゆら漂うだけだった。
続きます。