My name is...(2)
続きです!
台所に戻ると、おばあちゃんが既に鍋を用意していた。
もうお味噌汁以外は出来上がっている様子だ。
「じゃあ、あとはよろしくね」
おばあちゃんが私の頭を撫でて、居間に食器を運んでいく。
畳を踏む音が心地よかった。
いそいそと朝食の準備をするおばあちゃんを背に、私もお味噌汁作りに着手する。もうだいぶ手慣れて、味噌の調節もばっちりだ。
「きららのはしょっぱいね」
「え?そう?」
ばっちりなはずだ。
ともかくこれで準備も整い、後は食べるだけだ。
質素だけれど、慣れ親しんだ味はじんわりと舌に広がった。
確かにお味噌汁はちょっとしょっぱかったかもしれない。
朝食を済ませると、部屋に戻る。
不登校とはいえ、勉強はしなくちゃならない。机の上にはドリルが山積みだ。クラスメイトから届けられたものだ。
学校に行かないことには、おばあちゃんは何も言いはしないけどきっと行ってほしいと思ってるはずだ。
そんな思いが、私を机に導く。
少し雑に積み上げられたドリルの上には猫のぬいぐるみが鎮座している。私がお母さんからもらったものは、名前とこのぬいぐるみだけだった。
ぬいぐるみに手を伸ばして、ボタンの目を覗き込む。
「お母さん......」
お母さんは私を産んだその日に亡くなってしまったと聞いている。お父さんにあたる人は誰も分からなかったらしい。
お母さんが残してくれた名前は当然大切に思っている。だからこそ、馬鹿にされるのに耐えられなかった。
授業中にも関わらず泣き喚いて、その日は早退して、それ以来一度も学校に行っていない。
学校にはもう一人変わった名前の子がいたけど、その子とも特別仲良くはならなかった。
開けた窓から入る風が、少し肌寒く感じた。
その子を一人にして逃げてしまったことに、胸の中で罪悪感が疼いている。
「あの子、今頃......」
猫をドリルの上に戻して、窓を閉めに向かう。
少し外の景色を見て、窓を閉める。
少しずつ隙間の町並みが小さくなっていき、もう窓が完全に閉まるという時に何かが隙間から飛び込んできた。
それは視界の端を素早く通り過ぎて、床に落ちて転がった。
「赤い......小石?」
誰かに投げ入れられたのだろうか。
不思議に思いつつも拾いに向かう。
手のひらの上で転がしてみると、赤い宝石のようだった。
表面には傷一つ無く、また綺麗に成形されている。
透過した光が、手のひらに綺麗な模様を描いていた。
まじまじと眺めていると、まるで命が宿ったかのように手のひらの上を転がりだした。
「あぅ......」
いきなりのことに驚いて手を引いてしまったが、宝石は宙に留まったままで重力に従うことはない。
それどころか、猫のぬいぐるみに一直線に飛んでいき、そして......。
「やぁ」
目の前で起こったことが理解出来ず、その場に尻もちをつく。
机の上からぬいぐるみが私を見下ろし、そして話しかけている。
その首元には赤い宝石が光っていた。
動揺を隠せないが、なんとか口を開く。
「おばあちゃーん!ぬいぐるみがしゃべったぁ!!」
しばらく静寂が続くが、私の慌てた声を聞いたおばあちゃんの足音が近づいてくる。滅多に大きな声を出さないので、ただならぬ事態であると察したのだろう。
ぬいぐるみから視線が逸らせないまま、見つめあった状態でおばあちゃんが来るのを待った。
続きます!