黒の再来(2)
続きです。
「で、どんな感じなってんの?」
座布団の上にあぐらをかいて、腰をぐりぐり意味もなく動かしながら尋ねる。
それに答えるのはどらこちゃんだった。
「ん?あぁ・・・・・・とりあえずみんなで教科書めくってたりしてただけだぞ」
「捗ってないじゃん・・・・・・!」
ジーッとさくらの方に視線をやる。
さくらはぷいと顔を逸らした。
「別に本当に捗ってたなんて言ってないわよ。別にあんたが居なかったからじゃないわよ?それに・・・・・・あれがあったじゃない」
「あれ・・・・・・ですか・・・・・・」
さくらの言葉に、みこちゃんの目が泳ぐ。
その視線は正直で、最終的にはどらこちゃんに行き着いた。
「え・・・・・・何?どらこちゃんがなんかしたの・・・・・・?」
私がどらこちゃんの方を見ると、どらこちゃんは何故か逃げようとするゴローの尻尾を掴まえて苦笑いした。
「あの・・・・・・寝ている人間は人為的に再現したおねしょで目を覚ますのかという案があってだね・・・・・・失敗したけど。あとゴローも共犯者、なんなら首謀者」
「濡れ衣ニャ」
「ノリノリだったじゃねーか・・・・・・」
記憶の中のジョウロからポタリ。
あれは・・・・・・一つの案だったのか・・・・・・。
「なるほどね・・・・・・。ゴローはみんなが帰っても居残りね?」
「元よりここがボクの家ニャ」
まぁとにかくそれらしい案は未だ出ていないらしい。
たぶんここから先も出なそうだけど・・・・・・。
「ま、さっきからこの調子よ。もう適当になんかの種育てるとか、クワガタの越冬とかでいいんじゃないかしら・・・・・・」
さくらがもう冷めたたこ焼きをつまみ上げ、もちゃもちゃ食べる。
一体夏休み中にどうやってクワガタに冬を越させるのか、少し問い詰めたいところだ。
「自由研究・・・・・・ねぇ」
そもそも最初の案は正体不明の生物(?)であるゴローの観察だった。
なら同じくらい謎ばかりのアンキラサウルスについて研究するか・・・・・・。
しかし行き着くものは、ゴローのときと同じ「何を?」だった。
調べるにしたって、その何をどう調べたものかよく分からない。
そもそもキラキラ粒子とは・・・・・・?
「んー・・・・・・」
「あんた本当に考えてる?」
「珍しく」
さくらの言葉に短く答える。
気がつけば考えていることが、自由研究のことから身の回りの今分からないことに変わっていた。
分からないことだらけで、むしろ何が分かっているんだか・・・・・・。
自分の能力でさえよく分からないのだから。
「ん・・・・・・?」
そこで一つこの前のことを思い出す。
それはあの時私を助けに来たどらこちゃんの姿だった。
闇の隙間から火の粉を纏って現れたどらこちゃん。
その手には私が生み出した剣が握られていた。
「何・・・・・・どうしたのよ?」
「どうしたんですか?」
うんうん唸るばかりで何も言わなかった私に、さくらとみこちゃんが首を傾げる。
ゴローとどらこちゃんはまだおねしょ作戦の責任の所在で揉めていた。
「いや・・・・・・さ。結構話変わっちゃうんだけど・・・・・・」
「じゃいいわ・・・・・・」
さくらが話をぶった切る。
そこをなんとかと、しがみついた。
「もう・・・・・・暑苦しいわね。何よ・・・・・・?」
さくらに振り払われる。
私は座布団に座り直して話し始めた。
「旅行の時さ・・・・・・どらこちゃん、私の武器使ってたよね?」
「ん?それがどした?」
突進するゴローの額を手のひらで受け止めていたどらこちゃんがこちらを向く。
「いや・・・・・・私じゃなくても使えるんだなって・・・・・・」
「なんか火も出たしな」
何でもないようにどらこちゃんは言うが、それもきっと重要なことだ。
「で・・・・・・それがどーしたのよ・・・・・・」
さくらがつまり何が言いたいのかと急かす。
なかなかせっかちな奴だ。
「・・・・・・だからさ、みんなも戦えるんじゃないかなぁって・・・・・・」
「それはダメニャ」
言い切る前に、今度はゴローがこちらを向く。
ふわりとテーブルに着地した。
「きららと違って宝石が無いんだから、無闇に敵の前に出るようなことさせるべきじゃないニャ。石が無きゃ、それは本物の命のやりとり。単純に危ないニャ」
ゴローの言っていることは当然のことだ。
みんなを危険に晒すのは避けなければならないこと。
しかし・・・・・・。
「だからだよ。だからさ・・・・・・私が作ったものにこの石と同じような効果を持たせられれば、今よりずっと安心安全じゃん。アンキラサウルスは石があっても無くてもお構い無しじゃんか。だから、その・・・・・・どうだろうって・・・・・・」
最初は本番の為の経験値のようなものとしか考えていなかったが、アンキラサウルスは何でもない普通の人でも襲う。
だとすればどっちの方が危険か、それは一目瞭然だろう。
「む・・・・・・」
ゴローが少し悩む素振りを見せる。
尻尾がくねくね動き、頭の中の動きをそのまま可視化していた。
「そしてあわよくば手伝って・・・・・・」
「むむ・・・・・・。とりあえず・・・・・・それがキミに出来そうなのかニャ?」
「作れる・・・・・・気はする。気がするだけかもだけど・・・・・・」
「なるほど・・・・・・」
ゴローの尻尾はしばらく空気を捏ね続けた。
「まぁ・・・・・・出来るのなら、それは有った方がいいのかもしれないニャ」
「じゃあ・・・・・・!」
「積極的に戦うのはダメニャ!」
「あう・・・・・・」
さくらとどらこちゃんは私たちの会話を興味があるとも無いとも言えない感じで聞いている。
みこちゃんは少し難しい表情をしていた。
「まぁ・・・・・・有れば、そりゃいいわな」
「そうね・・・・・・」
どらこちゃんとさくらは、いまいち実感が湧かないような感覚で肯定する。
次第に追いついてきたようで、微妙な表情は薄らいでいった。
「じゃあ・・・・・・一応作る方向で行こうニャ。ただ・・・・・・ほんとに乱用は厳禁ニャ!というか・・・・・・改名戦争的にそんなこと出来ちゃっていいのかニャ・・・・・・」
そんなこと言ったって出来ちゃいそうなんだから仕方ない。
「ま・・・・・・要はあたしらが元に戻るだけだろ?」
「きららだけじゃ・・・・・・頼りない感もあるしね・・・・・・」
二人はもう受け入れ態勢が整ったようだった。
ところが、みこちゃんは言いづらそうに小さな声で言う。
「あの・・・・・・それにちょっと関係あることなんですけど・・・・・・。その・・・・・・出来ればそう言うのから遠ざからなきゃって・・・・・・お母さんにも心配かけちゃいましたし・・・・・・」
「あー・・・・・・」
自分の娘がアンキラサウルスに攫われたのだ。
それで心配にならないわけがないだろう。
「まぁ・・・・・・あたしらも自分から首突っ込んでるつもりはないけど・・・・・・」
「どらこは結構突っ込んでるじゃない・・・・・・」
しかしさくらたちが言うように、あまり自ら関わりに行っているという風でもない。
「まぁ、危険は避ける。それは超能力云々は関係なく、きららにだって当てはまることニャ。危険を避けるための手段として今のものが必要になってくるわけで・・・・・・持っておくだけ持っておいた方がいいと思うニャ」
「はい・・・・・・」
ゴローの言葉に、みこちゃんが自身なさげに頷く。
「逆に・・・・・・今みこは何が心配ニャ?」
その言葉に、みこちゃんは俯いて答えた。
「道具があったら・・・・・・使わない自信がないです・・・・・・。目の前で何か起きたら、きっと・・・・・・」
それは、みこちゃんの優しさならではの悩みなのかも知れなかった。
「ああ・・・・・・」
どらこちゃんも共感するところがあったのか、声を漏らす。
少し黙る。
そこに、誰かが廊下を歩く音が響き渡った。
その音はこちらに近づき、部屋の障子をゆっくりと開けた。
隙間から姿を見せたのはおばあちゃん。
まぁ他に誰もいないし、そうだろうとは思ったが・・・・・・。
しかし、その背後からもう一つの人影が現れた。
「きらら・・・・・・もう一人お客さんが来たけど・・・・・・」
そう言うおばあちゃんの後ろから姿を現したのは、黒いパーカーに身を包んだ眼帯の少女だった。
暑そう。
そのクセの強い出立ちになんだか既視感を覚える。
「お前は・・・・・・!?」
「あなたは・・・・・・!?」
どらこちゃんとみこちゃんが、声を揃えて驚いた。
私とさくらはポカンとして、数回瞬きをする。
「「・・・・・・誰?」」
黒い少女は、フードの影の中で冷たい表情をしていた。
続きます。