病院組談議 その2
続きです。
カーテン越しに日差しが差し込む。
空いてる窓から入る風は薄緑色のカーテンを揺らした。
私の体を受け止めるベッドはなんだか硬くて、どうにもリラックス出来ない。
窓の外から、毎日のように子供のはしゃぐ声が聞こえる。
もうほとんど挑発しているようにしか聞こえない。
ため息をつきながら、絵を描いていたノートを閉じる。
「葉月・・・・・・退院かぁ・・・・・・」
「何・・・・・・喜んでくれないの・・・・・・?」
隣のベッドですっかりきっかり治った葉月がニンマリ笑う。
「・・・・・・まぁ、寂しくはなるなぁって思うし・・・・・・。エリクを話し相手にしなきゃいけないのが屈辱・・・・・・」
「ココはそろそろ私への認識を改めるべきだと思うのだが・・・・・・」
相変わらずココは私を変人扱いする。
そこそこ長い間一緒に過ごして、流石に私の人となりというか、そういうものを理解しているはずなのだが・・・・・・。
葉月がベッドの上で心地良さそうに伸びをする。
肩の辺りの骨がなる音がした。
「ま・・・・・・ほんとはね、私もちょっと寂しいよ。退院の喜びが勝るけど。エリクはともかく・・・・・・ココに会えないのはね・・・・・・」
葉月も葉月で相変わらずの扱いだ。
まぁ本気で嫌われているわけでもないので、別に怒りはしない。
「ま、何であれ退院おめでとう。帰ったら君はもう立派な姉さんなわけだ」
「そうだね・・・・・・」
目をつぶって誰かの顔を思い浮かべる葉月にココが尋ねた。
「あれ・・・・・・葉月って下の子居たの?」
「あれ?言ってなかった」
葉月が記憶を漁るが、その答えは出ないようだった。
散々眉間に皺を寄せた後、「ま、いっか」と言った表情になる。
ちなみに私の記憶では、確か話していたはずだ。
「ま、お見舞いには来るよ。エリクの絵本も見せてもらわないとだし・・・・・・」
絵本・・・・・・と呼んでいいのかは微妙だが、まぁ暇つぶしにノートにこそこそと描いていた。
結構前に勝手に読まれて、そこから何だかんだ見せるようになったのだ。
最初は死ぬほど恥ずかしかったが、今ではちょっと本物の絵本作家気分で嬉しい。
「おっと・・・・・・」
私が死ぬほどなんて表現を使うのは笑えないか・・・・・・。
一人で心の中で笑い、反省する。
二人とも「?」を顔に浮かべてこちらを見ていた。
「いや・・・・・・何でもない。それより・・・・・・例の事件、ついに犯人が目撃されたみたいだね」
「あぁ、白い髪の女の子だったって話でしょ・・・・・・」
葉月がほとんど時間差無しで話を合わせる。
ココも黙って聞く姿勢に入っていた。
私がこれに関する話をするのは初めてじゃないし、二人ももう慣れっこなのだろう。
「そうそう・・・・・・。何でも今回の被害者は・・・・・・」
その先はあまりこの調子で話すことではないと思い、そこで止めて二人の顔色を伺う。
二人もテレビで見ているので、察してくれた。
「でもさー・・・・・・目撃者がほとんど酔っ払いだったから、あんまり確かじゃないんでしょぉ・・・・・・。子供だーって言うし」
入院したての頃と比べれば包帯も減ってだいぶ身軽になったココが首を傾げる。
まぁ、子供一人が二人殺してその場から消えたなんて言ったら誰だって胡散臭く感じるのは当然だろう。
「・・・・・・でも、私たちは知ってるだろう?一人の少女にそれが出来てしまうことを」
ココはそれに黙って頷く。
葉月も頷いた。
二人共元能力者。
知っていることは共有済みだ。
この目撃情報が正しいなら、改名戦争が関わっているのは確定だ。
おそらく今回の被害者も、その前の中学生もキラキラネームに違いない。
「ただ・・・・・・犯人が同じかって分からないよね。だって今回の被害者さんたち・・・・・・死んじゃったし・・・・・・」
葉月が俯く。
「そう。そうなんだ。今まではあくまで傷害事件止まりだった。それが今度は殺人事件。模倣犯の可能性も十分あるんだ」
事件の地域がバラけているのは能力者だからで片付けられる。
だから同一犯と見ることに抵抗はなかったのだが、今回は違うのかもしれない。
まぁそうなると今までの事件全て別人の犯行かもしれないと言えてしまうのだが・・・・・・。
「まぁ、そうだよなぁ」
全てにおいて繋がりが弱いのは否めない。
凶器が同じというのと、各犯行のスパンが短く場所があまり集中していないことからアンキラサウルスだと考えられていたが、酔っ払いの目撃情報でそう片付けるのも難しくなってきた。
最初に繋がりを持たせて考えていたせいで見えづらくなっていたが、犯人が人となるとその繋がりがどうも弱く感じる。
そしてそこに、被害者の死亡と来た。
ますます分けて考えるべきなのかもしれない。
「まぁでも・・・・・・みんな同じ道具を使ってるって言うのは、同一犯じゃなかったとしても何か感じるよね。黒幕的な・・・・・・」
ココが言うが、それでは黒幕は何がしたいと言うのか・・・・・・。
そもそもこの犯人達も何をしたいのか・・・・・・。
結局・・・・・・。
「分かんないね」
「結局かい・・・・・・」
「まぁ、だろうけど・・・・・・」
二人が私に呆れて笑う。
ココは正していた姿勢を解して、再びベッドに転がった。
「まぁ、葉月の退院前にする話でもないか。今は最後の時間を惜しみつつ、お祝いだね」
柔らかい風を鼻先に感じながら、病室の天井を見上げる。
そんなわけで、病院組は今日も退屈です。
狭く、暗い部屋。
幾つもある機械のモニターが、ヘッドホンをつけた少女と鉄製の床を照らしていた。
「さーくじょ、削除。臭いものには蓋をするぅー・・・・・・」
少女は歌いながら、画面を確認する。
数体の小さな虫型の機械が、少女の意のままに機械を操作する。
するとモニターに映る映像が次から次へと変わっていった。
そしてある夜の映像に切り替わる。
「お、これこれ。さっそく消さないとね。僕は悪くなーいっと・・・・・・」
少女は虫型の機械が運んできたボタンに指を下ろす。
しかしそれを押す前に、背後の扉が開いた。
その扉からは部屋と同じく鉄製の通路を満たす眩しい照明の光と、二人の少女の影だった。
ツインテールの少女と、黒いロングヘアの少女。
そのツインテールの少女が、機械仕掛けの椅子に座るヘッドホンの少女に話しかけた。
「おやおやぁ・・・・・・?何やってるの?私たちにも見せてくれたら嬉しいんだけど・・・・・・」
研究室・・・・・・というような呼び名が相応しいであろう機械だらけの部屋に、二人の少女が足を踏み入れる。
すると、ヘッドホンの少女は観念したようにくるりと椅子の向きを変えた。
「やれやれ・・・・・・悪いことは出来ないね。君らにはいつも見つかってしまう。鍵閉めてたはずなのになぁーなんて・・・・・・」
ヘッドホンの少女が機械が持ってきたボタンとは別のスイッチを押す。
するとモニターの映像が最初まで巻き戻され、等倍速での再生が始まった。
「これは・・・・・・」
ツインテールの少女の声が漏れる。
「認めるよ。僕の所為だ。セキュリティは完璧だったはずなんだけどね・・・・・・。まさか知恵のないものに・・・・・・」
「なるほど・・・・・・」
ヘッドホンの少女の言葉に、長髪の少女が頷く。
「どうする・・・・・・ユノ?」
「大丈夫。今までと何も変わらない。行こう、ミラ」
二人の少女は満足したのか、研究室を去る。
それを見届けて、ヘッドホンの少女は扉を閉めため息をついた。
「ふぅ・・・・・・ひとまず僕の処遇についてはまた後でって感じか・・・・・・。どーなるか・・・・・・もう利用価値無いもんな。でっがらしだよーん・・・・・・」
背もたれに寄りかかって伸びをする。
少女の目の前のデスクに一体の小型ロボットがお茶を運んだ。
続きます。