救世主(29)
続きです。
それは部屋の電気を消して、いつものように宝石の淡い光を眺めていたときに起こった。
なんてことはない、たった一本の電話がかかってきただけだ。
そうたった一本の・・・・・・。
受話器を置いて、すぐさま緊急連絡網のプリントを確認する。
それは次にどこにかけるべきかを調べるためではない。
自分が何番目かを確認するためだった。
電話のすぐ脇にあるカレンダー、その横に画鋲で貼り付けてあるのが連絡網だ。
目を滑らせてそれを見る。
連絡網は出席番号順に周る。
芹は俺より先だった。
「いや・・・・・・」
しかし、と思い直す。
芹があの態度を示したのだ。
あいつが帰ってきていないからと言って、その姿を探しに夜の街に繰り出すかは分からない。
しかしその考えも、俺の楽観的なものに過ぎないと気づく。
芹がこう言うときにどうする人間か、それは良く分かっていた。
「くそ・・・・・・!」
行き場のない怒りを拳で壁にぶつける。
これじゃあまるで俺が芹の死ぬ原因を作ったようなものだ。
俺の失敗は二つ。
一つはあいつが帰らないという可能性を全く考慮していなかったこと。
何か考えがあるのか、それともあいつの無関心さが風景にまで及んでいて帰れないのか・・・・・・それは定かではないが、少なくともそういった可能性があるかもしれないことは十分考え得るはずだった。
そしてもう一つ。
それはついさっきも働いた俺の楽観的な考えだ。
どうしてこうなったか今となっては分からないが、楽観視した考えが癖になってしまっている。
あるいは元々考える能力が足りないのかもしれない。
ともかく、夜まで待てばいいと頭から決めつけてしまっていたのは失敗だった。
そして、これから俺がするべきは・・・・・・。
「芹を・・・・・・見つける」
頭の中には二つの考えがあった。
芹に会って帰るよう説得するか、芹より先にあいつを見つけて事態を収束させるか。
この二択ならまず間違いなく前者を選ぶだろう。
まず最初に芹の安全を確保したいし、後者を選んだ場合も、芹に会えなければ結局帰らない少女があいつから芹に変わるだけだ。
どっちにしたって芹に会う必要があるなら、当然答えは前者になる。
近くに親が居ないことを確認して、指を鳴らす。
その音に合わせて、景色が崩れ、薄闇に変わっていった。
「あ・・・・・・靴」
室内から瞬間移動したため、靴を履き忘れていた。
だがそんなこと気にしているわけにもいかない。
俺が来たのは、芹の家の前。
家の明かりも点いていて車もあるが、人の気配が全くない。
芹が探しに家を出たのは確定だろう。
両親もその芹を探しに出たのかもしれない。
家の窓から伸びる明かりと、街灯を頼りに辺りを見渡す。
そこには芹の姿も、その親の姿も見つからない。
「くそ・・・・・・」
分かっていたが、やはり既にここには居ない。
「芹なら・・・・・・どっちに・・・・・・」
道は二つ。
けれどもその先でどの道も幾筋にも分かれている。
その膨大な分岐の中で、芹がどの道を選ぶかなんて俺に分かるはずもなかった。
どの道に行っても、合っているような気がするし、違うような気もする。
選ぶ根拠や材料は何もない。
けれども、ずっとここに立っていることなんて出来るわけもなく、迷いをぶら下げたままがむしゃらに駆け出した。
続きます。