救世主(28)
続きです。
風呂上がりの湿った髪で食卓に着く。
その頭をどこからか持って来たタオルでお母さんが乱雑に拭いた。
「まったく・・・・・・しっかり拭いてからっていつも言ってるでしょーが・・・・・・!」
わしわし頭の上で指とタオルが動く。
それに合わせて私の頭も揺れた。
「うん・・・・・・」
頭を揺らされながら、箸を手に取る。
今日は客人が居ないので、テーブルに用意されているのは野菜炒めとあまり物を詰め込んだスープ。
白い茶碗の白米から湯気が立ち上っていた。
頭を拭くのをやめて、お母さんも向かい側に座る。
その前に置かれている料理は当然私のと同じもの。
すまし顔でスープに口をつけた。
しかしすぐに口を離し、顔を上げる。
「どしたの・・・・・・?食べないの?」
「あ・・・・・・いや、うん・・・・・・。食べる」
私はお母さんの目の前で思い切り泣いていた・・・・・・と思う。
それを気遣ってなのか、お母さんは何も見ていないように振る舞っていた。
私の性格を良く分かっている。
箸でスープをかき混ぜて、その箸で白米を口に運ぶ。
それを見て満足そうな顔をして、お母さんは自分の食事に戻った。
米の柔らかい甘みが口の中に溶ける。
その味が溶けきる前に野菜炒めを口に突っ込んだ。
また白米に箸を伸ばし、その後野菜炒めを詰め込む。
それを何度も繰り返して、とにかく口をいっぱいにしていった。
そしてそれをスープで流し込む。
多少無理をして一気に飲み込んだ。
スープの雑な味が歯の裏側まで回る。
その温度が口に、食道に、胃に、染み込んだ。
体の内側が暖かい液体に満たされて、ひとまずの落ち着きを取り戻す。
その私は、お母さんに話すことを選んだ。
野菜炒めを頬張って、噛む。
それを飲み込んだ後に口を開いた。
「・・・・・・私、いっちゃんに酷いこと言っちゃった」
お母さんは私の声を聞いて、一旦箸を置く。
テーブルを離れ、冷蔵庫から麦茶を持って来た。
「飲む・・・・・・?」
お母さんが自分のコップにそれを注ぎながら私に尋ねる。
その後、私が答える前に勝手にコップを持って来て注いだ。
黙ってそのコップを受け取る。
一口だけ飲んで、テーブルに置いた。
「まったく・・・・・・思春期の娘っていうのは手がやけるね」
「・・・・・・」
ちょっとムッとしながらも、黙っている。
今は続きを待っているのが楽だった。
たぶん自分ではあんまり話せない。
「それで・・・・・・どんなこと言っちゃったの・・・・・・?」
「・・・・・・何でもないようなこと。でも・・・・・・」
でも、いっちゃんは言われたくなかった言葉。
私はそのことを知っていて、それなのに・・・・・・いや、知っていたからそう言ってしまった。
意図して傷つけたのだ、私は。
「・・・・・・それで、どうなったの?今はどうしたいの?」
私が続きを話し出さないでも、お母さんは話を進めてくれる。
ほんとは話さないとダメなことだけど、今はお母さんに甘えた。
「分からない。言うだけ言って、逃げちゃった・・・・・・」
「あらあら・・・・・・」
そう言いながら麦茶を一口。
コップから口を離すと、それを静かに置いた。
「・・・・・・何があったか、それはお母さんよく知らないけど、悪いことをしたと思ってるならちゃんと謝らないといけないよ」
「うん・・・・・・」
そうしたいと思っているし、その通りだった。
謝るっていうのは加害者側のためにある行為だ。
謝ることで、自分の中でもその罪悪感を洗い流すことが出来る。
そうすることで、いつも通りに戻れる。
お母さんが空になったコップを流しに運ぶついでに私の頭を撫でる。
「まぁ、芹はなんだかんだで良い子だから、きっと分かってくれるよ。今までだって色んな人と喧嘩してきたけど・・・・・・でもちゃんと仲直り出来たじゃない。・・・・・・また一緒に居たいんでしょ?だから今日一日は整理して・・・・・・そして次会うときにごめんなさいしましょ・・・・・・ね?いつもと同じ。大丈夫」
「うん・・・・・・!」
私もコップの麦茶を飲み干す。
いつまでもいじけていられない。
いっちゃんに謝る。
けども危ないことからは遠ざける。
私のしたいこと、すべきことは単純だ。
しかし運命は私にそれを許さない。
手に電話の受話器を持ったまま、お母さんが私の部屋に駆け込んでくる。
夕飯を終えて、しばらく経ったときのことだった。
「どうしたの・・・・・・?」
急いでやってきたお母さんに、尋ねる。
お母さんは慌てた様子で口を開いた。
「今日・・・・・・芹の言ういっちゃんにって子、まだ家に帰ってないって。どこかの家に居ないかって、連絡網で回ってきた・・・・・・」
「え・・・・・・」
思い当たる理由は一つしかない。
「私の・・・・・・私の所為だ・・・・・・!」
続きます。